第十五話
王宮内には数多くの衛兵がいる。
ラングリーフはそのすべての顔と名前を覚えている。
別に覚えようとしたわけではないが、特技の一つとして相手の顔を瞬時に記憶するのは彼女の優れた能力であった。
しかし、今自分たちを囲んでいる相手は記憶にない者ばかりだ。
ということは、今自分たちの前に立ちはだかっているのは衛兵ではなく、王都の詰め所にいる王国軍たちということか。
「これは、どういうこと?」
ラングリーフは拳を構えながらマイロに尋ねた。
尋ねながらも、兵士たちの動向から目を離さない。
都を護るべき兵士がここにいるということは、これはかなり以前から仕組まれていた可能性がある。
「死にゆく者に教えてやる必要はない」
マイロは口の端を吊り上げながら、今まで見たこともないような不気味な笑みを浮かべていた。
その目は、さながら獲物を追い詰めた狩人のように狂喜の光を放っていた。
「貴様らはここで、脱獄の汚名とともに消されるのだからな」
うかつだった。
確かに冤罪とはいえ、ここまで逃げ出してきたことに対しては言い訳のしようがない。
自分たちの脱獄、逃亡という行動はマイロに大義名分という既成事実を与えたにすぎない。
たとえこの場で殺されても、文句は言えなかった。
しかしラングリーフはこのまま殺されるつもりはなかった。
どのみち処刑されるのを待つ身だったのだ。
であるならば、利用されていたとはいえロディたちの作ったこのチャンスを最大限に活かそう。
ラングリーフはそう思った。
「うぬ!?」
彼女は、先手必勝に出た。
一番手前にいた兵士に一瞬で詰め寄ると、剣を握るその手に拳を放った。
「うが!」
突然の攻撃に、兵士はたまらず剣を落とす。
ラングリーフはすかさずその剣を拾い上げ、正面に構えた。
彼女が剣を構えたことにより、兵士たちが少したじろいだ。
「ただでは死なないわよ。こう見えても特務部隊補佐官。あなたたちの思い通りにはさせないわ」
ラングリーフの力強い言葉に、ロディもマースも息を吹き返したかのように気を取り直した。
「よかった、ラングリーフさんが武器を握れば百人力だ」
「そんなに強いの? このお姉ちゃん」
「ああ、なんていったって特務部隊きってのエリートなんだから」
ロディたちの会話を受けて、さらに兵士たちが後ろへ下がる。
特務部隊補佐官。
その噂だけは彼らの耳にも届いている。
いまだかつて仕留められなかった相手はいない、という伝説級の女だ。ただ一人、ユーゴだけは例外だが。
強張った顔を見せて警戒する兵士たちとは対照的に、マイロだけは余裕の表情だった。
「ふん、確かにラングリーフはナイフの扱いに関しては超一級品だ。投げ技の技術は私以上だろう。しかし剣の扱いに関してはどうかな」
ラングリーフは不敵な表情を浮かべ続けるマイロを睨み付けながら汗を流した。
やはり隊長の目はごまかせない。
はったりの意味も込めて剣を構えてみたが、思った以上に剣は重かった。
ナイフの軽さに慣れていたせいか、構えて支えているだけで精一杯だった。
それでもやるしかない。
武器はこれだけなのだ。
ラングリーフは剣を振りかざしながら思いきり横に振るった。
慌てて兵士たちが後ろに下がる。
剣はむなしく空を切るだけだった。
しかし連日厳しい訓練を受けている彼らは瞬時に判断した。
ラングリーフの剣技は素人に毛が生えた程度だ。
入隊したばかりの下級兵士と同等か、それ以下かもしれない。
ラングリーフは振るった剣を重そうに引き戻すと、再び正面に構えた。
ニヤリと彼らは笑う。
彼女自身の動きは速いかもしれないが、剣がそれについていけてない。
ラングリーフの動きは見切られぬとも、剣の動きだけを追っていけば斬られることはないと判断した。そして、それに伴う実力を彼らは持っていた。
曲がりなりにも軍事大国ガイラスの王都を護る王国軍なのである。
生半可な者が勝てる相手ではなかった。
「なるほど。特務部隊補佐官といえど、万能ではないということか」
たじろいでいた足を再び戻し、彼らはじりじりと三人を追い詰めて行った。
「観念するんだな」
兵士の言葉に、ラングリーフは答えた。
「あいにく観念という言葉は知らないわ」
言い終わらないうちに正面に立つ兵士が斬りかかった。
「──ッ!!」
慌ててラングリーフが剣を突きだす。
しかし、それをくるりとかわされ、側面から兵士が剣を横に振るった。
ラングリーフは倒れ込むようにしてその攻撃をかわすと、起き上がった反動で兵士にさらに剣を突きだした。
かわされて身動きのとれなくなった兵士の首元へ剣の切っ先が突き刺さろうとする瞬間、その剣は別の兵士の剣によって上に弾かれた。
剣の重みで腕が真上に上がり、ラングリーフがバランスを崩しながら後ろに下がる。
そこへ間髪入れずに別の兵士が三人同時に斬りかかってきた。
「!?」
ラングリーフは剣を手放し、素早く後ろへ跳躍した。
彼女のいた地面に、三人の剣が重なるように叩きつけられる。
ラングリーフは空中で一回転したあと、ロディたちの前に着地した。
「なかなかによく逃げ回る」
マイロはつぶやくように言った。
驚くべき反射神経だ。
並の攻撃では倒せないだろう。
しかし、彼は余裕だった。
いくら逃げるのが上手かろうが、この包囲網を脱出できるわけがない。
いずれは捉えられ、跡形も残さぬほどズタズタに切り刻まれる。まさに時間の問題だ。
マイロはその瞬間を頭の中に思い描き、笑みを浮かべるとぶるっと身体を震わせた。
「何をやっている」
その時、ラングリーフたちの背後から声が聞こえてきた。
「──ッ!!」
聞いたことのある声だった。
昼間の法廷で聞いた、あの癇に障る嫌な声。
振り向いた彼女の目に飛び込んできたものは、自分たちを有罪へと追いやったガナフの姿であった。
相も変わらず、冷たい目をしている。
いや、今はそれに磨きがかかり、悪魔のような血走った目をしていた。
「で、殿下……」
ラングリーフがポツリとつぶやく。
マイロがこんな場所で自分たちを待ち構えていたのも不思議だったが、ここにガナフが現れることはもっと謎であった。
「武器も持たぬ輩に何を手間取っておるか」
ガナフは冷たい目線でマイロに顔を向ける。
「は、申し訳ありません」
マイロはラングリーフたちの後ろにいるガナフに頭を下げた。
その瞬間、ラングリーフは悟った。
この二人はグルだ。
自分を陥れて何かを企んでいる。
「もう後戻りはできぬ。急いでこいつらを殺せ」
「……!!」
マイロが喜びとも驚きともつかない顔をした。
何のことなのか、ラングリーフにはわからない。
「では、ついに……」
「うむ、父王ダラス13世は死んだ。あとは、こいつらに罪を着せて殺せばすべてが余の思い通りだ」
その言葉に、ラングリーフとロディは耳を疑った。
「し、死んだ!? 国王陛下が……?」
「ま、まさかそんな……」
ガナフは、不気味に笑った。
よく見れば赤いガウンの隙間から血で染まったナイフのような物が見える。
それはつまり、この男が自分の実の父である国王をその手にかけたということになる。
「な、なぜ、そんなこと……?」
あり得ない、とは言い切れなかった。
ガナフは、常々国王と対立していた。
性格の違いなのか、意見の相違なのか、詳しいことは定かではないが、国王とガナフの間には宮中の誰もが感じるほどの溝があった。
重い病にかかり死の淵でありながらも、彼は次期国王をガナフにするという書面を決して書かなかった。
このまま死んでしまえば国内で次期国王の座を狙って内乱が勃発するであろうことは明白だ。
しかし、国王はぎりぎりまで書面に次期国王の名前を書くことを拒否していた。
それがガナフには耐えられなかったのだろう。
それならば、いっそ次期国王の名を記す前に王を殺し、真っ先に自分が次期国王に名乗り出ればいい。
王を殺した反逆者を仕立て上げ、それをガナフ自身が討つことで世論を味方に付け、名誉と共に次期国王の地位を手に入れようと考えたに違いない。
ラングリーフは、今まで抱いていた数々の疑問が解消されていくのを感じた。
自分たちは利用されたのだ。
目の前の男たちの卑劣極まりない計画に、まんまと嵌められたのだ。
沸々と怒りがわいてくる。
しかし、どうしようもなかった。
もはや武器もなく、逃げる隙間もないほど周りを囲まれている。
しかも、王都への唯一の脱出路である地下水路の入り口前には、特務部隊隊長のマイロがいる。
マイロだけでなく、王族であるガナフにまで命を狙われている。
万が一逃げおおせても、国王殺しの逆賊として国中から狙われることになるだろう。
ラングリーフの身体に一気に絶望が押し寄せた。
ヘナヘナとその場に崩れ落ちる。
「ふん、ようやく自分の立場がわかって観念したようだな」
マイロは笑みを浮かべ、彼らを囲っている兵士たちに「殺せ」と命じた。
「はっ」
その命令と同時に兵士たちが剣を構えていっせいに襲い掛かった。
ギラリ、と月明かりに照らされて無数の剣の刃がラングリーフたちに振り下ろされる。
「───ッ!?」
しかし、血しぶきをあげたのは兵士たちのほうであった。
「な──!?」
マイロとガナフは目を見開いた。
ラングリーフたちに剣を向けて斬りかかっていった兵士たちの首がいっせいに飛んでいた。
熟練の兵士たちの首が、だ。
何が起きたのかわからない。
驚愕する彼らの目に、一人の男が映し出された。
青い衣に赤いマント、光の靄を発する不気味な剣を携えし男。
彼は、ラングリーフたちを護るかのように彼女たちの前に立ちはだかっていた。
「あ、あなたは……!!」
崩れ落ちていたラングリーフは信じられないという目で男を見つめた。
それは、ライラックの町で見た伝説の英雄ユーゴであった。




