第三話
ラングリーフの所属するガイラス特務部隊の本部は、王宮の離れにあった。
国務大臣選任の独立部隊のため、その地位は王国軍の階級とは別個となっている。
特務部隊補佐官であるラングリーフは、王国軍内でいうところの准将クラスである。しかし、指揮系統が違うため彼女が軍に対して命令を出したりなどはできない。
とはいえ、ラングリーフの地位が高いことも事実であり、王宮内を歩く彼女はすれ違う衛兵たちから立ち止まっては敬礼をされていた。
「あはは、どうもー」
そんな彼女の後ろを歩くロディは、その一つ一つに丁寧に敬礼を返しては頭を下げていた。
「ちょっとロディ、みっともないことしないでちょうだい」
前を歩きながらラングリーフが注意する。
彼の滑稽な姿に、宮中の使用人たちも口に手を当てて笑いをこらえているのが耐えられないのだ。
「いや、だって、本来なら自分が立ち止まって敬礼する立場なのに、なんだかこれじゃ虎の威を借る狐状態で……」
言いながらすれ違う衛兵にピシッと立ち止まっては敬礼を返す。
「別にあなたは軍人じゃないんだから、敬礼なんて返さなくていいの」
「いやあ、そうは言っても……」
ちょうど前方から、士官の紋章が入った甲冑を身につけた兵士が歩いてきた。
見るからに強面の強そうな男だ。
おそらく部隊長クラスだろう。
しかし、そんな彼もまたラングリーフに道を譲ると敬礼をして通り過ぎるのを待った。
「お、お、お、お疲れ様です!」
その後ろをロディは敬礼を返しながら通り過ぎる。
しかし兵士は表情一つ変えずに二人を見送った。
「お・ね・が・いだから、二度とそんなことしないで!」
兵士が見えなくなるところまで行くと、ラングリーフはロディのほっぺたをつねりながら叫んだ。
「す、すいまひぇん……」
彼は、涙を浮かべながら必死に謝るしかなかった。
特務部隊本部は、東館の外れにあった。
普段は上層部が待機して情報を逐一確認し、指示を出している。
しかし、今回は隊長のマイロ一人しかいなかった。
「隊長」
ラングリーフは、部屋に入るや机の前に座る大男に詰め寄った。
頬に深い傷が入った、短髪の男だ。
その眼光は鋭く、鋭利な刃物のようである。
さすがにロディのような金属鎧は身に着けていないが、肉厚な身体がどんな刃も防いでしまうような印象を与えた。
「ラングリーフか。貴様の任はそこのロディに伝えたはずだが?」
低い声で言う彼に、ラングリーフは問いただした。
「そのことについて聞きたいことがあります。勇者ユーゴの暗殺命令、いったいどういう経緯で出されたものなんでしょう?」
「それを知ってどうするつもりだ」
マイロはあくまで冷静だった。
「どうもありません。ただ、なぜ今になって世界を救った英雄ユーゴを暗殺するのか。不思議に思っただけです」
「オレたち特務部隊は、命令されたことに疑問を持たず、ただ完璧に実行するだけの存在だ。聞くだけ無駄というものだ」
「それが、国の威信を失墜させるようなものでも?」
「何が言いたい」
マイロは睨み付けるようにラングリーフを見上げた。
「勇者ユーゴの暗殺について、納得のいく説明をしてください。でなければ、私の腕が鈍ります」
「説明がなければ、ためらいが生じると? かつて何人もその手にかけた無慈悲な暗殺者が」
「彼は特別な存在よ。今までの悪党とはわけが違うわ」
「ふむ」とマイロは顎に手を当てた。
「貴様の言い分ももっともだ。ならば、教えよう。かつて魔王を倒した英雄ユーゴは、ライラックの町において反乱を企てているという情報がある」
「なんですって!?」
ラングリーフだけでなく、後ろに控えていたロディも声を上げた。
「ユーゴが反乱……?」
突拍子がなさすぎて、実感がわかなかった。
驚きの声を上げる二人を見回しながら、マイロは続けた。
「詳細は不明だが、近ごろ不穏な空気があるライラックの町をガナフ殿下直属の精鋭部隊が調査に向かったところ、消息を絶った。王宮内ではユーゴがやったのではないかと噂が流れている」
「あの、王国軍最強の集団を?」
「今、他の部隊が捜索に向かっている。仮に聖剣の担い手であるユーゴが殺ったのだとしたら、これは由々しき問題だ」
確かに、かつてドラゴンと戦ったことで有名な彼らを相手にできるのは勇者ユーゴをおいて他にはいないだろう。もしも魔王を倒した世界の英雄がこの国に対し牙をむいたとしたならば、国の存亡そのものが危ぶまれる。
いまだに国中にスラムが溢れ、難民が流入しているのだ。国が安定していないこの状況でユーゴが反乱を起こせば民衆は彼につくだろう。そして、その先にあるのは王国の滅亡である。
ラングリーフは額から汗が流れ出るのを抑えきれなかった。
これは、紛れもなく国の一大事である。
「納得したか?」
マイロが言うと「はい」とラングリーフは頷いた。
「ただ、ひとつ教えてもらえませんか?」
ラングリーフは尋ねた。
マイロの説明の中で腑に落ちない点がひとつだけあった。
「なんだ」
「なぜ、ライラックの町にガナフ殿下直属の精鋭部隊が向かったのですか? あそこは、スラムが蔓延していて反乱など起きようはずもないのに」
マイロは目を細めた。
「詳細は不明だ、と先に述べたはずだ」
「不穏な空気が流れている、などという情報も、特務部隊であるこちらには流れてきてませんし。本当にあの町で反乱の兆しがあったんですか?」
「それを調べるのも、貴様の任務だ。ユーゴについてわかっている情報はくれてやった。あとは自分で捜せ」
「……わかりました」
ラングリーフは納得しきれていない顔をしながらも、部屋をあとにした。
続けて退室しようとするロディを、マイロは呼び止めた。
「ロディ」
「はっ! なんでありましょう」
「ラングリーフはユーゴについて愛着がありすぎるようだ。下手をしたら、奴に着くかもしれん」
ロディは怪訝な顔を向けた。
「それはないと思いますが……?」
そんなことは、天地がひっくり返ってもないとロディは思っている。
「だが、念には念を入れんとな。お前にはラングリーフの監視を命ずる。ユーゴと結託しそうなら、すぐにオレに報告するんだ。いいな」
「は、はあ……」
気乗りしない返事でロディはうなずいた。
「よいか、外戚とはいえお前も王族の一人だ。ユーゴに国が滅ぼされたらお前も困るだろう?」
「王位継承権もない、妾の子ですし……、別に困りはしません」
「ふん、なんの取り柄もないお前が、国務大臣直属の特務部隊に配属された意味を考えるんだな」
マイロは冷たい目でロディを見送った。
しかし、ロディはその意味がさっぱりわからなかった。
彼は、物事を深く考えるということを知らなかった。




