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プロローグ

 王都から少し西に行ったはずれに、荒廃した町がある。

 一面、瓦礫の山と化し、廃墟が立ち並ぶ滅びた町だ。

 魔物の侵攻により壊滅的な打撃を受けた爪痕が、いまだに残っている。



 しかし、そんな場所にもわずかに生き残った人々が静かに暮らしていた。

 否、ひっそりと息を潜めていたといったほうが正しい。



 彼らは国の居住権も持たない貧民たちであった。


「お許しください……、私どもが何をしたというのですか……」


 荒れ果てた廃墟の片隅に、多くの人々が集められていた。

 着ている衣服はボロボロで、肌はススや灰で黒く汚れている。そのほとんどが裸足である。

 彼らは、わけもわからないまま王国軍の兵士につかまり、ここに連れてこられたのだった。


「何をしたかだと?」


 人々の先頭に立って尋ねる女性に、まわりを取り囲む兵の一人が答えた。

 白銀の甲冑に身を包み、軍馬に跨っている。

 一目見て、彼が兵たちの隊長だとわかる。

 彼は冷たい目線で人々を見下ろしながら答えた。


「自分の胸に聞いてみるのだな。誰の許可を得て、ここに住んでいるのかを」

「魔物の侵攻で家族を亡くし、家を失い、身体が不自由な者が大勢いるのです……。どうか、お見逃しください」


 女性の言葉に軍馬に跨った兵が鼻で笑った。


「見逃したところで、どう生きていくつもりだ? ノミほどの価値しかないお前たちに、生きていくあてはあるのか?」

「今までも、生きてこられました。私たちにも生きる権利はあるはずです」

「それを決めるのは、我々だ。そして残念だが我々をここに遣わしたガナフ殿下は貴様らの存在を認めてはおらん。観念して死を賜るがよい」


 スラリと剣を抜き放つと、震える女性につきつけた。

 彼女の背後には、数十人の貧しき民たちが震えながら肩を寄せ合っている。


「このような暴挙、ユーゴ様がお許しになるはずがありません」

「ユーゴ?」


 剣をつきつけながら男はくくく、と笑った。


「5年前に魔王を倒した聖剣使いの英雄か」

「彼は、弱き者の味方だったと聞いてます。きっと、あなたたちに罰をお与えに戻ってくるでしょう」

「では聞くが、その弱者の味方であるはずの英雄はお前たちに何をした。魔物の侵攻によって、こんなゴミ溜めに住まざるを得なくなった貴様らに、どんな施しを与えた」

「そ、それは……」


 彼女は言葉をつまらせた。

 確かに、英雄ユーゴの姿を見た者は誰もいない。

 魔王を倒した後、手にした光り輝く聖剣とともにこの世界から姿を消したのである。


 国中が荒れ、スラムが広がり、この女性のような難民たちが溢れても現れることはなかった。


 聖剣の担い手ユーゴという人物は、国が作った架空の人物であるとまで噂されたほどだ。


 しかし5年前に魔王が倒されたことは事実であり、貧しき人々の間では彼の存在は希望とともに信じられてきた。


(信じたいだけだったのかもしれない……)


 女性は今、目の前に突き付けられている現実を見てそう思った。


「勇者ユーゴとて、貴様らのようなノミ虫とは関わりたくなかったのだろうよ。貧しすぎるのも、罪なものだ」


 彼女の背後からあちこちですすり泣く声が聞こえてきた。

 認めたくない。

 認めたくはないが、これが現実なのだ。


「悲しむことはない。我らが一瞬であの世へと送ってやるのだからな」


 それは本気の目だった。その目を見て女性は恐怖した。

 自分はここで死ぬのだと直感した。


「お願いです、命だけは……」

「さっきも言ったはずだ。貴様らは生きていることさえ、許されぬのだと」


 一斉に周りを取り囲む兵士が剣を抜き放つ。

 洗練された、一糸乱れぬ動きであった。

 世界一を誇る軍事大国のすごさを見せつけられた思いだった。


「殺せ、一人も逃がすな」


 軍馬に跨る男の号令とともに、兵士たちが動き出す。

 人々は、恐怖のあまり動くことすらできなかった。


 刹那。


 兵士の一人が血しぶきをあげて倒れ込んだ。



「──ッ!?」



 人々に斬りかかろうとしていた兵たちが動きを止めた。

 震える人々の前に一人の青年が立っていた。

 赤いマントを羽織り、絹のようななめらかな青い衣をまとっている。革のベルトをつけ、腰にはいくつもの小袋を携えている。


 一見、ごく普通の旅人のようにも見えるが、異様なのはその手にした剣である。

 ただの長剣にしては大きくて太い。

 柄の部分は細やかな紋様がこらされており、かなり高価なものであることが伺える。

 しかし、それよりも人々の目を引いたのはその剣から漏れ出るオーラのようなもやだった。


「誰だ、貴様……!」


 軍馬に跨る男はその異様さよりも兵を一撃で斬り倒したこの男の技量に舌を巻いた。


 ここにいる兵たちはみな、特殊な訓練を受けた精鋭である。

 それを、不意をついたとはいえ抵抗する間もなく斬り殺すなど、並みの男ではない。


「弱者の味方という言い方は好きじゃない。弱いやつすべてが善人てわけではないからな」


 赤いマントの男が口を開いた。

 黒くさらさらとした髪の毛をなびかせ、薄い唇をきゅっと結んでいる。

 長くて薄い眉と細くて鋭い瞳が特徴的な以外、ごく普通の青年である。


「でもこの場合、どう見てもあんたらのほうが悪者だろう?」


 言うや、オーラを放つ剣を正面に向けて構えた。

 その圧倒的な威圧感の前に、兵士たちがたじろいだ。

 平凡そうな男にも関わらず、その迫力はまるで巨大な魔物と対峙しているかのようだ。

 いや、この恐ろしさは、以前戦って命からがら逃げだしたドラゴンの時よりもはるかに強烈だ。


 軍馬に跨る男は、おびえて暴れまわる馬を静めながら驚愕の目を向けていた。


「ま、まさか……貴様は。存在していたなんて……」

「存在していたら悪いみたいな言い方だな」


 男は恐怖した。

 いまだかつて、これほど怖いと思ったことはない。


「ほ、本当に……、聖剣の担い手ユーゴなのか……?」


 頷くかわりに笑みを浮かべる青年に、兵士たちはガタガタと震えだした。

 軍馬に跨る男も背筋から大量の汗が流れ落ちている。

 これが魔王を倒した勇者の“格”というやつか。


「撤収だ! 撤収するぞ!」


 男がそう命じると、馬をひるがえらせた。

 その瞬間、男の首が飛んだ。

 反転した馬の前方に、剣を横にしながら青年が着地した。そして、少し遅れて男の首が地面に落ちる。


「悪を見逃がすわけないだろう」


 ズルリ、と首のない身体が地面に落ちると、兵士たちは腰を抜かして地面にへたり込んだ。


「は、速い……」


 飛び出す瞬間も、剣を振るう動作も、まったく見えなかった。

 速すぎて何をしたのかさえ、わからないほどだ。


「さて、残りは」


 チラリと腰を抜かして地面に座り込む兵士たちに目を向けると、彼らはいっせいに剣を放棄した。


「ひいっ! 降参だ降参! 殺さないで……!」


 青年は視線をうつした。

 手を上げる彼らのわきに、茫然と佇むスラムの人々がいる。あまりに突然のことで何が起きているのかわかっていないようだ。

 青年は剣を構えながら言った。


「さっきお前らがしようとしていたのは、なんだ? 必死に命乞いをしていた彼らに、何をしようとしていた? いまさら虫がよすぎないか?」

「そ、そんな……」


 青年は抵抗する意志を示さない兵士たちに、ためらうことなく剣をふるった。

 それはまさに一瞬の出来事であった。

 人々を取り囲んでいた数十人の兵士たちが、あっという間に斬り倒されていった。

 ものの数分と経っていなかったであろう。

 それだけ、彼のふるう剣が圧倒的すぎた。


 あとに残されたものは、茫然とたたずむ貧民たちと廃墟に散乱する屍の山である。


「……」


 貧民たちは、何が起こったのか理解すらできていなかった。

 ただ、目の前の出来事に困惑するだけだった。


 兵士たちを斬り倒した青年は、彼らを救ったあとそのままどこかへ消えてしまった。

 どこへ行ったのか、知る由もない。



 魔王が倒されて5年──。



 世界はいまだ混沌としていた──……。



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