第三話
神聖騎士団が中央広場にやってきたのは、ちょうど盛り上がりがピークになる頃だった。
太陽が真上に差し掛かろうとする時間帯。
大勢の人々の楽しそうな笑顔が凍りついた。
「なんの騒ぎだ、これは」
黒い甲冑に身を包んだ集団。その先頭にいる若き騎士が尋ねる。
すぐに一人のでっぷりと太った中年男がやってきた。
「こ、これはこれは、神聖騎士団の皆様。このようなところまで、足をお運びくださいまして……」
「なんの騒ぎかと聞いておる」
騎士団長の威圧的な口調に、中年男の禿げた頭から汗が噴き出した。
ハンカチを取り出して、額に当てながら説明する。
「わたくしどもは、世界を渡り歩く魔法使い集団でございます。このたびはこの場所で、魔法展を開催しておる次第で……」
「魔法展? 聞いておらんぞ、そんなものは」
「き、許可証はこの通り……」
団長は、懐から丸まった羊皮紙を取り出し、若き騎士に差し出した。
この広場で、時間を指定して魔法展を開催するための役所の承認証である。
若き騎士は「ふん」と鼻で笑って、羊皮紙を投げ捨てた。
「役所の許可証などどうでもいい。なぜ、王都を護る我ら神聖騎士団に許可を求めんのだ。敵の襲撃と勘違いするだろう」
「ああ、それは気づきませんで……。本当に申し訳ございません」
「魔法などと、そんなくだらんものでバカ騒ぎしおって。こんなお遊びはおしまいだ。即刻、やめよ」
「で、ですが、まだ始まったばかりですし……、みなさま楽しんでいただいておりますので……」
「貴様、このオレに逆らう気か」
「い、い、い、いいえ、とんでもない! わかりました、即刻、やめさせていただきます……!」
大きなため息とどよめきが巻き起こる。
せっかくの魔法展が半日もたたずに終了してしまったのだ。人々の残念そうな顔が広がる。
人と人の隙間からそんなやりとりを覗き見ていたカシムとサチャは、がっくりとうなだれた。
せっかくの魔法展が台無しだ。
「しょうがないわ、カシム。家に戻ろう」
カシムの手を引っ張ろうとするサチャだったが、
「いやだ!」
とその手を払われた。
「カシム……?」
「納得いかないよ、こんなの! せっかく、楽しみにしてたのに!」
「だって仕方ないじゃない、あの人たちがダメだって言うんじゃ……」
「何が騎士団だよ! この町が魔物の集団に襲われた時、真っ先に逃げ出したのはあいつらのほうなのに!」
「カシム!」
サチャが慌ててカシムの口をふさぐ。言ってはならないことを言ってしまった。
背中が凍りつく。
立ち去ろうとしていた騎士団長は、カシムの言葉に反応した。
「ああん?」と眉間にしわを寄せて冷酷な目でカシムに顔を向ける。
「小僧、今、何と申した」
「い、いいえ、なにも……」
震えながら首を振るサチャの手を振りほどきながら、カシムは叫んだ。
「お前たちは、魔物に襲われて逃げ回ってたへっぴり集団だって言ったんだ! お前たちが城の中に逃げ隠れしていなければ、オレの父ちゃんと母ちゃんは魔物に殺されずにすんだんだ!」
ピクッと騎士団長の眉がわずかに動いた。
それは、誰もが口には出さなかった言葉である。
確かに7年前、魔王軍の侵攻でこの国は壊滅的な打撃を受けた。民を護るべき騎士団たちは、魔物たちの圧倒的な強さに逃げ惑い、城内へと避難していった。
抵抗する術を失った人々は、魔物の集団に蹂躙され、殺されていった。
二人の両親も、そのときに犠牲となったのである。
騎士団が城の中へと逃げこむ。不名誉なその事実を誰もが口に出さなかったのは、報復が怖かったからだ。
絶対的な権力を握る国王とその騎士団への侮辱は、反逆罪として処罰される。
誰もが、心の奥底では妬みながらも、決して口には出さなかった。
「カシム、やめて! お願い」
サチャの言葉もむなしく、騎士団長はすらりと剣を抜いた。
「むすめ、もう遅い。どうやら、その小僧は死にたいらしい」
広場中にどよめきが巻き起こる。騎士団は子供でも容赦はないのか。
「待ってください、お願いします! この子は、まだ子供なんです!」
「子供だろうがなんだろうが、我ら神聖騎士団を侮辱した罪は重い。今、この場で裁いてやる」
「お願いします! どうか、ご慈悲を……」
「邪魔立てをするなら、貴様もろとも斬り殺すぞ」
騎士団長は剣を構えると、カシムを庇うようにしてうずくまるサチャの頭上に振りかざした。
声にならない悲鳴があたりにこだまする。
そんな中、一人の男が歩み寄ってきた。
白いローブに、白いフード。
表情は隠れていて見えない。
「神聖騎士団とは聞いてあきれる。やっていることは蛮族のそれだな」
剣を振りかざしていた騎士団長は、目を丸くしてローブの男に顔を向ける。自分よりも一回りも小さい小柄な男だ。
「なんだ、貴様は」
騎士団長は、構えていた剣を男に向けた。訝しげな眼をして問いかける。
カシムとサチャは困惑した目を向けた。
「あ、あなたは……」
「み、見えない魔法のおじさん……?」
男はフードを脱いだ。青い髪がサラサラと風になびく。彼は、カシムとサチャに顔を向けると口元に笑みを浮かべて言った。
「何度も言っただろう。オレはおにいさんだ」
それは、二人がさっき出会った魔法使いであった。