第二話
魔法展は盛大な盛り上がりを見せていた。
「うわ、すっげえ!」
カシムは中央広場に着くなり、感嘆の声を上げた。
大勢の人混みの中、その隙間から見えるのは、巨大な火の玉を作る魔法使いだった。両の手から炎を作りだし、アーチ状に変えて合成させている。
あんな炎にやられたら、魔物なんて一瞬で消し炭になるだろう。
別の場所では、他の魔法使いが大きな竜巻を起こして重そうな石を浮かせていた。大の大人が2人がかりでもビクともしない岩を、杖を振りかざすだけで楽々と浮かせている。かなり強力な風の魔法のようだ。
さらに別のところでは、大きな水槽の中に水を発生させて生きた魚を泳がせるという芸当をやってのける者までいた。
「すごいすごい! やっぱり魔法使いってすごい!」
「はあ、この人たちってこんなこともできるのね……」
魔法展にあまり興味のなかったサチャも、いざ来て見れば目の前の光景に目を奪われていた。
中には口から火をふいたり、剣を飲み込んでは吐き出すといった魔法とはあまり関係なさそうな者までいたが、その顔は興味津々といった表情をしている。
もともと、魔法というものは人智を超えた力として世間ではあまり好まれたものではなかった。そのため、魔法を使う者は忌み嫌われ、疎んじられた。
「ああいう人たちに近づいてはいけないよ」
まだ幼い頃、サチャは記憶にある父から、そう聞かされていた。もう10年も昔のことである。
しかし魔王が現れ、その圧倒的なまでの破壊力で世界を席巻していくようになると、魔法の力が人々の希望となった。
人智を超えた力には人智を超えた力で対抗する。魔法を操る者は人々から尊敬され、そして敬われた。
事実、魔法使いが魔物を追い払い、町や村を救ったというケースは多い。
しかし魔王が倒されるとその力は脅威となった。
彼らはどの国にも召し抱えてもらえず、普通の町や村では生活もできず、こうして魔法展を催しては世界を練り歩く大道芸人のようになってしまったのである。
「あっち、行ってみようよ、サチャ!!」
「あ、待ってよカシム」
二人は中央広場で行われる魔法展を片っ端から見て回った。
いつも孤児院で質素な毎日を送っていた二人には、かなり刺激的だった。
(こんな世界があるんだ……)
サチャの目は孤児院にいるときの張りつめたものではなく、好奇心旺盛な幼い少女のそれに変わっていた。
彼女もまだ13歳なのだ。
「へへ、すごいだろ、サチャ」
「うん、面白い!」
目を輝かせながら見て回る二人の前に、人の集まっていない区画が飛び込んできた。
大勢の人たちでにぎわっている他の区画とは対照的に、そこだけぽっかりと空いている。
「………?」
その真ん中には白いローブを着た一人の男がゴザを敷いて瞑想をしているだけであった。
フードをかぶっていて、表情はよく見えない。
「あ、あの……?」
カシムが、思わず声をかけた。
すると瞑想をしていた男がうっすらと目を開けた。吸い込まれそうになる青い瞳だった。
「おじさん、何してるんですか?」
「お、おじ……?」
男はローブのフードを脱ぎ、二人に目をむけた。
青くサラサラとしたきれいな髪だった。ほっそりとした顎に、整ったきれいな眉。鼻がすらっと伸びて、かなりハンサムだ。年齢層の高い魔法使いたちの中では比較的若い部類に入る。
「おじさんはよしてくれ。これでもオレは29なんだ」
「じゃあ、おじさんじゃん」
12歳のカシムにとって29といえば立派なおじさんだ。
「いいや、オレにとっておじさんとは35を超えてからだ。それまではおにいさんだ」
「どっちだっていいじゃん、そんなの」
「よくない」
男はそう言って、再びフードをかぶった。
「おじさんは、何をしてるんですか?」
サチャが横から口をはさむ。男はグッとこらえながらかみ締めるように言った。
「お・に・い・さ・んだ」
「あ、ごめんなさい。おにいさんは、何をしてるんですか?」
その言葉に満足したのか、男は「ふふん」と鼻を鳴らして得意げに両の手のひらを広げて見せた。
「……?」
「何が見える?」
二人はきょとんとした。何も見えない。
「なんにも見えませんけど?」
サチャが困惑した顔で言うと、男はうなずいた。
「そりゃそうだ。見えない魔法を使っているんだから」
「は?」と二人は眉を寄せた。
「見えない魔法? なにそれ」
「今も魔法を使っている、ということですか?」
「その通り」
ドヤ顔で両の手のひらを見せつける青髪の男。うさんくさいことこの上ない。
「おじさん、もしかして、詐欺師?」
カシムの言葉に、男は言った。
「人聞きの悪いことを言うな。オレはこう見えて偉大な魔法使いなんだぞ。それから、おにいさんだ」
自分で偉大だと言っている時点で怪しさ倍増だ。
「行こう、サチャ。うさんくさいよ、この人」
無視して行こうとするカシムの首をおさえて、サチャは男に尋ねた。
「あの、あなたの使ってる魔法ってなんですか?」
「気になるかい?」
「はい、すっごく!」
「面白くないよ?」
「それでも知りたいです」
サチャの真剣な眼差しに、男は優しい笑みを浮かべて言った。
「ヒントだけ教えてあげよう。魔法は、攻撃だけがすべてじゃない」
「攻撃だけがすべてじゃない?」
「もういいだろ、サチャ。あっちの火の魔法見に行こうぜ」
眉を寄せるサチャの腕を引っ張って、二人はその場をあとにした。