第一話
「サチャ、はやくはやく!」
一人の少年が町の大通りを駆けていた。短い黒髪に、大きな目。あどけなさの残るその顔には、満面の笑みを浮かべている。
「待ってよ、カシム! 置いてかないで!」
その後ろを、少女が追いかけていた。髪は三つ編み、ほっそりとした頬、きれいな黒い瞳。カシムと呼ばれた少年よりはいくぶんか年上のようだが、大人ともいえない微妙な年頃のようだ。
カシムは重そうなリュックを背負いながらも、大通りの人混みの中をひょいひょいと縫うように駆け抜けていく。
まるで野生の猿だわ、と思いながら運動の苦手なサチャは必死に彼の跡を追った。
「ねえ、ちょっとカシム、待ってってば!」
「遅いよ、サチャ。もっとはやく走ってよ」
あんたみたいに走れるわけないじゃない、と思いながらも懸命に追いかける。
しかし、どんなに頑張ってもカシムの足には追いつけそうもなかった。
彼は、施設の中でも断トツに足が速い。
進んでは立ち止まり、立ち止まっては進みを繰り返していたカシムは、「はあ」とため息をついて振り返った。
「もういいよ。ゆっくりあとから追いかけてきてよ。オレ、先に行ってるから」
「はあ? 何言ってんの、あんた」
「サチャに合わせてたら陽が暮れちゃうもん」
失礼な。
サチャは頬を膨らませた。
「だいたい、あんたが魔法展を見たいなんて言うからついていってあげてるんじゃない!」
「は?」とカシムは眉を寄せた。
「そんなの、誰も頼んでないし」
「エリザベス先生が私に頼んだの」
あの、おせっかいババアめ。
カシムは、孤児院を経営している太ったネコのような中年女性の顔を思い浮かべた。
そう、二人は孤児である。
魔物の襲撃によって両親を亡くし、王都ノアのノートル孤児院に引き取られたのが7年前。今や、すっかり施設の中では年長組となってしまったが、まだまだ世間知らずのところも多い。
王都ノアの中央広場で魔法展が行われると聞かされたとき、カシムは有頂天になって喜んだ。
絶対、見に行きたい。
エリザベス院長に頼み込んでようやく許可を得たものの、なぜかサチャがついてきた。
なんでこの女がついてくるんだと訝しんでいたが、これでようやくわかった。
(サチャは信頼されてるもんな)
孤児の中でも最年長の彼女は、昔から幼い子供たちの面倒をよく見ていた。
夜、寂しさで泣いている子がいれば、一緒に添い寝して子守唄を聞かせてあげたり、不安や悩みを持っている子がいれば、親身になって話しを聞いてあげた。いたずらをする子がいれば叱るし、良いことをする子がいれば褒めてあげる。
優しさも厳しさも兼ね備えた彼女を、孤児院の子供たちは親しみを込めて「サチャ姉ちゃん」と呼んでいた。
(オレは信頼されてないもんな)
サチャの次に年長のカシムは、むしろ子供たちの中でも最も子供っぽい性格であった。
いたずら好きで、女の子を驚かせては泣かせ、男の子とケンカしては傷だらけにした。
信頼されていないカシムを、信頼されているサチャが面倒を見るのは至極当然のことであった。
(サチャがいないと魔法展が見れないんじゃ、仕方ないよな)
カシムはウズウズする気持ちを抑えながら、サチャと一緒に町の中央広場へと向かった。