第十一話
次の瞬間、ジンの手から生み出されていたフレアの魔法がはじけ飛んだ。
「──ッ!?」
その衝撃で身体が吹き飛び、ジンは神輿の上から地面に落下した。
「げぼっ!!!!」
十数メートルの高さから真っ逆さまに落ち、全身を強く打つ。直前でフライの魔法を使わなければ即死だっただろう。
「な、なんだ……?」
血を吐きながら起き上ったジンの目に、信じられない映像が映った。
ソラリスが立っている。
フレアの直撃を受けたにも関わらず、傷ひとつ負っていない。
彼は涼しい顔をして処刑台の上からジンを見下ろしていた。
「な、な、な、なんで……?」
「取り込んだのさ、あんたの魔法を」
「と、取り込んだ……?」
ソラリスは、ジンのフレアが身体に触れる直前、自分が作り上げていたフレアを融合し、結合させた。いわば他人の魔法を自分の物として奪ったのだ。そして、それを群衆に向かって放とうとしているジンのフレアに投げつけた。ジンは3重のフレアの爆発で吹き飛んだというわけだ。
「ば、ばかな……、人の魔法を取り込むなど……」
古今東西、聞いたことのない話だった。いや、歴史上初めてかもしれない。
ジンはこのときはじめて、ソラリスの底知れない力に恐怖した。もしかしたら、この男は神以上の力を秘めている。
「こ、この……!!」
ジンは手に炎の渦を作ってソラリスに撃った。炎の渦は、途中で反転してジンに向かって飛んで行った。
「なにっ!?」
すぐさま、氷の壁で防ぐ。しかし、一歩遅く、漏れ出た炎の渦がジンの身体を焼きつけた。
「ぐ……、な、なんで……」
「あんたの魔法はワンパターンなんだよ。属性さえわかれば結界で反射させることだってできる」
「は、反射だと……?」
それとて、ジンには真似のできない芸当だった。彼の力に、ジンは打ちひしがれる思いだった。
「あんたの負けだ。降参しな」
ソラリスの言葉に、暗黒魔術士は歯ぎしりをしながらうつむいた。もはや、ジンの負けは誰の目にもあきらかだった。
「だが……!!」
と彼は手を真上に掲げた。
「まだ、私の負けが決まったわけではない!」
両手に全身全霊の魔力を込める。
雲一つない晴れた青空から暗雲が立ち込めた。
人々の顔から恐怖と不安の色が浮かび上がった。
「ふふふ、私が10年の歳月をかけて地下迷宮にて研究をつづけた究極魔法『メテオ』。古代において、一大文明を滅ぼしたとされる伝説の魔法だ。これで、貴様もこの国ごと消し去るがいい!」
暗雲たれこめる天空より巨大な隕石が顔を出した。
その全長はゆうに王都全体を超えている。
人々の間から絶望が巻き起こる。これほど巨大な物体が空から落ちてきたら、逃げ場がない。
ソラリスは神輿の屋根に飛び上がると、両手を空にかざした。
「そんなことはさせない」
そう言うと、全身全霊を込めた結界を作りだした。ソラリスを中心に膨れ上がるドーム状の結界が、一気に王都全土を包んだ。
「ばかめ、結界ごときで古代文明を滅ぼした究極魔法が防げるものか!」
「やってみなけりゃ、わからないさ」
落下する隕石がソラリスの結界にぶつかると、すさまじい衝撃波が巻き起こった。
ズン、とソラリスの立っている神輿の屋根が音を立てて割れる。
「………ぐ」
ソラリスは苦悶の表情を浮かべて踏ん張った。
ちりちりと電気が走る。隕石と結界とのせめぎ合いで摩擦熱が生じ、空一面が夕焼け空のように真っ赤に染まった。
まるで、この世の終わりのような不気味な空の明かりに、人々は恐怖におちいった。
バキッと神輿の屋根が壊れ、ソラリスは地表へと落下した。が、フライの魔法で着地を決めるとすかさず結界を張る。隕石は、すぐ真上に差し掛かっていた。
「ふはは、無駄だ無駄……。おぬし一人でこの質量の隕石を防ぎきれるものか……」
ジンが不敵に笑う。すでに彼に少しの魔力も残っていない。仰向けに倒れたまま、静かに死を待っていた。
「おじさん!」
「ソラリス様!」
両手を掲げて踏ん張るソラリスに、サチャや王都の人々が駆け寄る。
「オレたちも手伝うよ!」
カシムがソラリスの腕に手を添える。押し込まれそうになる腕を下から支えた。
「わたしも!」
サチャが反対の腕を下から支える。これで楽になるかどうかなどわからない。しかし、彼らには何もせずにいられなかった。
「お、おまえたち……」
ソラリスが二人に顔を向ける。
「あっしらも手伝いますぜ!」
町の人々がさらに手を添えてソラリスの身体を支えた。
押しつぶされそうになっていたソラリスの身体がグッと持ち直す。
その光景を見ていた騎士たちも、互いに顔を見合わせてうなずくと、剣を放り投げてソラリスのもとへと駆け寄った。
「我らも手を貸すぞ!」
「頑張れ、ソラリス様」
鍛え抜かれた太腕でソラリスの背中や足を支える。
「あんたら……」
中には、神聖騎士団の黒い甲冑の者たちも混じっていた。
「我らとて、この国を愛する気持ちは同じ。非難はあまんじて受けよう。今は貴殿を助けるのみ」
ソラリスは、ニヤリと笑った。押しつぶされそうだった重圧が、徐々に軽くなる。隕石の質量が減っていくのを感じた。
「みんな、もうちょっとだ、もうちょっと踏ん張ってくれ」
「おお!」
サチャも、カシムも、王都の人々も、騎士たちも、懸命にソラリスの身体を支えた。
そして、次の瞬間、巨大な隕石は音を立てることなく静かに消滅していった。
それは、古代の究極魔法をソラリスの結界が弾き返した瞬間でもあった。
パラパラと光輝く隕石の破片が降りそそぐ中、ジンは驚愕の表情で眺めていた。
「バ、バカな……、究極魔法が……、メテオが……、一人の結界に……」
「一人じゃないさ」
仰向けに倒れるジンの頭上から、ソラリスが覗き込むように声をかけた。
その顔からは、疲労感があふれ出ている。
「みんなが力を貸してくれたから、防げたんだ。オレ一人の力じゃない」
「ふ、戯言を……」
ジンは、そうつぶやくと静かに目を閉じた。すべての魔力を使い果たした。もはや、生きる気力もない。彼は静かに息を吐き出すと、再び動くことはなかった。
「ソラリス様」
騎士たちがソラリスのもとへと駆け寄ると、いっせいに片膝をついてかしこまった。
「国主様亡きあと、この神聖ノアを引き継げるのはあなた様しかおりませぬ。ぜひとも、我らが王に」
「え、やだ」
「はやっ!!」
思わぬ即答に、騎士たちは狼狽する。
「オレ、王様とかそういうの嫌いだし。もともと、この国の人間じゃないしね」
「ですが、この国にはあなた様が必要なのです」
「王制を否定するつもりはないけど、国の決定権を一人の人間に任せるのもどうかと思うよ。思い切って、国王とか廃止しちゃってさ、民意で国のあり方を決めるっていうのもありなんじゃない?」
「民意?」
「そう、早い話が多数決で。そのほうが不公平感もなくなるし。みんなで考えるから、よりよくなっていくと思うよ」
「言っている意味がさっぱり……」
顔を見合わせる騎士たちに手を振りながら、ソラリスはノートル孤児院の子どもたちのもとへと駆け寄って行った。
神に選ばれし王国ノア。この国は、いままさに転換期をむかえようとしていた。