第十話
「お、おじさん!」
「どこか行ったんじゃなかったの!?」
サチャとカシムが喜びの入り混じった顔で驚く。
その隣では、エリザベス院長が目を見開きながらソラリスの顔をまじまじと見つめていた。
「あの団体とは、あそこで別れたさ。オレがソラリスだとわかったら急によそよそしくなっちゃってね。まあ、魔法使いが肩身の狭い思いをすることになったこんな世の中にした原因はオレにもあるわけだし、当然といえば当然だけど」
「よかった、てっきりもう会えないかと思った」
「会うつもりはなかったんだけどな」
言いながら、子どもたちを縛り付ける紐を風の魔法で切っていく。
解放された子どもたちは次々とエリザベス院長のもとに駆け寄り、涙を流して泣き叫んだ。
ソラリスは、床に魔法陣を描くとエリザベス院長に言った。
「先生、子どもたちがここから出ないようにお願いします」
「は、はい……」
エリザベス院長はうっとりとした声で返事をした。思わず、サチャとカシムが笑う。
「お前たちも、絶対ここから出るんじゃないぞ」
「うん」
サチャとカシムの頭に手を置き、ソラリスは矢倉のような神輿を見上げた。
不敵に笑うジンと、困惑した表情を見せるダースラがいる。
「ソラリス、やはり現れおったな」
ジンが言う。ソラリスは睨み付けながら答えた。
「どこの誰だか知らないが、ずいぶんえげつない魔法を使うじゃないか。三日三晩、王都を照らし続けるところだ」
「ふん、私の魔法はそんなにチャチではない。1週間は輝き続けておったであろう。それもこれも、国主様に逆らう愚か者が出ないようにするためだ。貴様も、我が魔法にひれ伏すがよい」
言いながら、手から炎と氷の魔法を発生させる。
相反する二つの魔法を同時に作りだすのは理論上不可能と言われているが、ジンは事も無げにやってのけた。
「貴様にこの二つの魔法が受け止められるか。どちらか片方を相殺しても、もう片方は貴様を襲うぞ」
「やってみなけりゃ、わからないさ」
言いながら、ソラリスは両手を突きだす。
「バカめ。結界で防ごうというのか。我が魔法に結界など通用せんわ」
「結界なんて、使わないよ」
ジンは炎の渦と氷の刃をソラリスに向かって撃ち放った。
瞬間、ソラリスの手から紅蓮の炎と氷の壁が出現する。紅蓮の炎は氷の刃を溶かし、氷の壁は炎の渦を飲み込んだ。辺り一帯に、魔力の衝突による火花が飛び散った。
「ほう、やるではないか」
ニヤリと笑う。
(そうこなくては)
もともとジンは神格化されたソラリスを打ち倒し、自ら神となる野望を抱いていた。
簡単に倒れられてはジンの強さが伝わらない。誰にもマネのできないほど強大な魔力を持ったソラリス、それを圧倒的な力の差で打ち負かしてこそ意味があるのだ。
「では、これではどうだ?」
今度は相反する土と風の魔法を組み合わせる。巨大な岩の塊がかまいたちと共に襲い掛かる。ソラリスは、レンガの壁を作ってそれらを防いだ。
「いいぞ、それでこそ魔王を倒した勇者。私の前に跪け!」
ジンの中で魔力が膨れ上がる。火、水、土、風、ありとあらゆる属性の魔法をランダムに撃ちだし、ソラリスはそれらを冷静に相殺していった。
しかし、それはジンにとって予定通りの展開だった。
属性魔法のランダム攻撃の合間に、無属性の魔法を手の中に作りだす。最初に相殺された禁断の魔法「フレア」だ。
ジンはフレイムの魔法に紛れ込ませてフレアの魔法をソラリスに向かって放った。
魔法を他の魔法で隠す、ジンはそんなことも容易にやってのけた。
ソラリスの手から放たれた氷の壁はフレイムの魔法を包み込んだが、その壁を突き破って光の高熱球フレアがソラリスに襲い掛かった。
「かかった!!」
「───ッ!?」
ソラリスは、即座に両手でフレアを作りだした。光の高熱球がソラリスの身体に触れる直前、彼の手から作られようとしていた小さなフレアが、ジンのフレアに激突した。
瞬間、大きな輝きがソラリスの立つ処刑場を包み込んだ。
「ああっ!!」
人々が驚愕の表情で顔を覆う。
ソラリスを飲み込む、超高熱の光。あれに飲み込まれれば、誰であれ生きてはいない。跡形もなく消滅したことだろう。
「おじさん!!」
サチャとカシムが叫ぶ。人々も、愕然とその光景を眺めていた。
まさか、魔王を倒した勇者が、神聖ノアの守り手が、魔法同士の戦いで負けてしまうなんて。
打ちひしがれる人々を見下ろしながら、ジンは高らかに笑った。
「ふふ、ははははは! わかったか、愚民ども! ソラリスなどしょせん私の敵ではないのだ。これからは私を神とあがめ、ひれ伏すのだ!」
本性を現し始めたジンに、国王ダースラが目を見開いて彼を見つめる。
「な、何を言い出すのだ、ジンよ」
ジンはダースラに目を向けた。そこには、国王に仕える宮廷魔術士としての姿はなく、狂気に満ちた暗黒魔術士の姿へと変化していた。
「お、おぬしは、最初から……」
「ふん、この神に匹敵する力を持つ私が、ちっぽけな宮廷魔術士でおさまるわけがなかろう。貴様をたぶらかし、この国をおさえ、支配しようと機会を伺っていたのだ。伝説の英雄ソラリスを倒した今、私を止められる者は誰もいない」
舌なめずりをするジン。目に殺気がこもっている。ダースラは神輿の上から叫んだ。
「だ、だ、誰か、この者を討ち取れ!」
騎士たちは、呆然と事の成り行きを見守っていた。何が起きているのか、理解できないのだ。
「余を助けよ、早く!」
ジンは、醜く叫ぶ国王に手を向けた。
「ひっ! ま、待て、待つのじゃ! 余の国土の半分をおぬしにやろう! だから……」
言い終わらぬうちに、ジンは手からわずかな魔力を放出させた。
「うげぶっ」
手から放たれたわずかな気で、ダースラは肉片を飛び散らせて破裂した。
人々の間から悲鳴が巻き起こる。騎士たちはこの瞬間ハッと我に返り、剣を抜いた。
「こ、国主様が……」
「神に選ばれし王が……」
抜いたはいいものの、困惑した顔を見せる。相手は、ソラリスを倒した男。勝ち目がないのは目に見えていた。
「ふはははは。私に逆らうか。愚か者どもめ」
ジンの顔が不気味にゆがむ。手からフレアの魔法を作りだす。このさいだ、新しい神の誕生を祝して盛大に火花を咲かせてやろう。
眼下に群がる群衆に、ジンは狙いを定めた。
「新たな神の幕開けだ」