第九話
照り返しの強い日差しの中、ノートル孤児院の子どもたちの処刑が始まろうとしていた。
場所は、王宮からほど近いアムステル広場。
そこに数百人規模の騎士が配置され、周囲を固めていた。
彼らの中央には高さ10メートルはあろう巨大な処刑台が設置され、そこにサチャたちノートル孤児院の子どもらが数人単位で木に括り付けられていた。中には、6歳に満たない幼子までおり、広場に集まった数千の国民たちから悲鳴や怒号が巻き起こっていた。
「なんてことしやがるんだ」
「やめさせろ!」
「人間のすることじゃないわ!」
群衆の声は、日頃の王政への反発も相まって次第に高まり、アムステル広場は一色触発の事態へと発展していた。
「神聖ノアの国民よ。静まるがよい。国主様の御前である」
低く、威圧的な声が処刑台の奥から響き渡る。10メートルあるその処刑台よりもさらに高い、矢倉のような神輿が騎士をかき分けて登場した。
その神輿に鎮座するのは、この国の国王ダースラであった。
国王自ら姿を現すのは数年ぶりのことである。
以前と変わらぬ、いやそれ以上にでっぷりと太った体型に変化している。
神に選ばれし王───。
その言葉が微塵も感じられぬほど、見るも無残な醜い姿であった。
「皆の者、よく聞くがよい」
ダースラは、きらびやかな装飾が施された庇の下で、声を発した。七年前に神聖王国を名乗った時と同じく、威厳のある、高圧的な声だった。
「この者どもは、我が神聖なる騎士団を壊滅せんとたくらむ反逆者である。神に逆らおうとする悪魔の手先である。現に、我が騎士団の若き団長がこの者どもの卑劣な罠によって殺された。神に仇なす者は、誰であれ断じて許すべきではない」
ダースラの口から、滔々と言葉が紡ぎ出される。
その言葉に、木に括り付けられたサチャが叫ぶ。
「ウソよ! 私たちは何もしてないわ!」
「そうだよ。オレたちを殺そうとしてたのは騎士団のほうじゃないか!」とカシムも続いた。
「で、あるか。では、国民に決めてもらおう。どちらが正しいと思うか」
冤罪であろうことは明白だが、誰も逆らおうとはしなかった。
贅の限りをつくした、豪華絢爛な神の乗り物。
そこに鎮座するダースラの傍らに、宮廷魔術師のジンが立っていたからだ。
ジンは、ヘビのような冷たい目つきで国民を見下ろしていた。
「決まりじゃな。ジンよ、この反逆者どもの処刑をそちに任す。煮るなり焼くなり好きにせい」
「はっ」
深々と頭を下げると、ジンは一歩前に出て手から巨大な光の球を作り出した。
まぶしい輝きを放つ、1メートルほどの球体。一万度を超す高熱球が彼の手の平から作られていった。禁断といわれる魔法「フレア」。空に輝く太陽と同じ力を持つその高熱球は、禍々しい光を発しながら人々を照らした。
「国主様に逆らう愚か者ども。その骨も残さぬよう、チリとなるがよい」
冷徹な笑みを浮かべながら、ジンはゆっくりとフレアを投げつけた。サチャとカシムの目に、みるみる光の球が迫ってくる。ひとたびそれに触れれば、王都中を照らす光となってまぶしく輝くだろう。その瞬間には、処刑台に括り付けられたノートル孤児院の子どもたちは、その高熱によって消滅している。
しかし、人道に反するその凶悪な魔法は、空中で同じ魔法によって打ち消された。
フレアとフレアの相殺が、辺りをまぶしく照らす。
「ぬっ!?」
ジンがローブの袖で顔を隠す。その隣でダースラは「な、なんじゃっ!?」と叫びながらひっくり返った。
周囲の人々も、騎士たちも手で顔を覆った。
輝きが収束する頃、辺りには霧散した光の球の火花だけが舞い落ちていた。
サチャもカシムも国王も、周囲の人々も、何が起きたのかわからない。ポカンと口を開けて眺めている中、ジンだけが咄嗟に両手を動かしていた。
巨大な炎の壁がジンの前に現れる。気が付けば、数百本のとがった氷柱が彼に向かって飛んできていた。
氷柱は、炎の壁の熱によってすべて蒸発し、消滅していった。
「な、な、な、なんじゃ、いったい……」
ダースラが腰を抜かしたままつぶやく。
「国主様、奴があらわれました」
ジンは、群衆を見下ろしながら笑みを浮かべて言った。ダースラが視線をうつすと、処刑台の上、木に括り付けられたサチャたちのもとに一人の男が立っていた。白いローブに白いフード。表情は隠れていて見えないが、青い瞳だけが睨み付けるように光っている。
「ソ、ソラリスかっ!?」
ダースラの言葉に、周囲の人々も目を向けた。処刑台の上にいつの間にか人が立っている。いつからいたのか、誰も気が付かなかった。
「やあ、遅れてすまない」
男はそう言ってフードを脱いだ。サラサラとした青髪が風になびく。ほっそりとした顎に、優しそうな青い瞳。すらりと伸びた鼻が端正な顔立ちに拍車をかけている。紛れもなく、神聖ノアの守り手ソラリスの姿だった。