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序幕

 マリアンヌは絵本が大好きである。

 夜、寝る前に母のルイザが読み聞かせてくれる物語は、5才の少女にとって夢と希望と冒険に満ちたものであった。


「ねえママ。今日は、何を読んでくれるの?」

「そうね。『ドラゴンと竜騎士さま』なんてどうかしら?」

「それ、この前も読んでくれたよ」

「あら、そうだった? ……じゃあ、これ。『お化けの大合唱』」

「もっと怖くないやつがいい」

「あらあら」


 布団に顔をうずめて目だけを見せる愛娘に、ルイザは「困ったわね」と指を頬にあてる。


「ママ。私、ゆーしゃ様のお話が聞きたい」

「勇者様?」

「この前、パパが誰かと話してるの聞いたの。ゆーしゃ様が“まおー”を倒さなければよかったのにって」


 その言葉に、ルイザは一瞬顔を強張らせるも、いつもの優しげな表情に戻った。


「マリアンヌ、盗み聞きしたの? 悪い子ね」

「ううん、たまたま聞こえてきただけだよ。ほんとだよ」

「そっか。パパの声、大きいものね」

「ねえねえ、ゆーしゃ様ってだれ?」

「ママも詳しいことは知らないけど、勇者様はね、この世界を救った英雄なの」

「えいゆう?」


 興味を示したかのように布団から顔を出す娘の顔を優しくなでながら、ルイザは言った。


「じゃあ、今夜は絵本はやめて勇者様のお話をしましょうか」

「うん」


 ニッコリと笑うマリアンヌに微笑みを浮かべながら、ルイザは語りだした。



「かつて、この世界には魔王がおりました。その爪は風を切り裂き、雄たけびは嵐を呼び、大きな口からは紅蓮の炎を吐き、ありとあらゆる者を死へと追いやりました……」



 以前、酒場で聞いた吟遊詩人の詩を思い出しながらゆっくりと言葉を紡ぎ出す。



「魔王を倒すため、世界中から多くの戦士たちが戦いを挑みましたが、誰ひとり勝てませんでした」



 マリアンヌはサッと再び布団をかぶる。ところどころ難しくてわからない表現があるが、とても恐ろしい存在、それだけはわかった。

 ルイザは続ける。



「世界はこのまま滅びてしまうのか、そう思われた矢先、5人の勇者が立ちあがります。主要五か国が協力して送り出した、人類最後の希望。

 一人は剣士。金色こんじきの髪を光らせ、閃光の如き速さでレイピアを操る女神。

 一人は戦士。類まれなる肉体で、魔神を討ちし巨剣を振るう戦神。

 一人は術士。あらゆる魔術を使いこなし、すべての理を理解せし賢者。

 一人は司祭。すべての傷を癒す魔法と、死者をも生き返らせる奇跡の力を持ちし聖女。

 そして最後の一人は光の勇者。あらゆる魔を打ち払い悪をくじく聖なる剣を携えし闘神。

 彼らと魔王の戦いは三日三晩続きました」


 ごくり、とマリアンヌは唾を飲む。


「それで、どうなったの?」

「魔王は5人の勇者によって見事討ち取られ、世界は平和となったのです」

「勝ったんだ!」

「ええ、そうよ。そして彼らは英雄と讃えられ、どこへともなく姿を消しました」

「どこへ行ったの?」

「さあ。それは誰にもわからない。彼らの姿かたちは、王宮の者にしか伝わっていないから」

「どうして?」

「王様たちが秘密にしたのよ。魔王を倒した英雄たちですもの。自分たちにとって変わられることを恐れたの」


 マリアンヌはベッドの中で首をかしげた。


「よくわかんない」

「わからなくてもいいわ。あなたには関係のないことですもの。さ、おやすみマリアンヌ」


 ルイザは愛する娘の頬にキスをした。


「おやすみ」


 マリアンヌはそう言って目を閉じた。



     ※



 ひとつの時代が終わるという事は、ひとつの時代が始まるという事である。


 今より5年前、世界を未曽有の危機に陥れた魔王が5人の勇者によって討ち取られた。

 それにより、各国が手と手を結び団結していた時代は終わりを告げ、世は再び権力者たちが専横を極める時代へと突入していた。



 時にアシタニア歴1423年、新暦5年。


 魔王を倒した勇者たちの影は、どこにもない──。




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