PRをしよう?3
そうしてやって来てしまった販売実習当日。
曇り空の午後、昼休み返上で駅まで移動した俺達は、販売実習の準備を行っていた。テントの設営、売る商品の在庫確認などを済ませ、あとは開店するだけなのだが……
「憂鬱だ……」
「知ってたけど、あんまり人前に出たくないタイプなんだね碧暮君は」
どんよりとしたオーラを纏い、溜め息を吐く。人と話すなんて面倒極まりない。接客業なんて特に俺が忌避するものだ。裏方作業を行っている先生もガツガツ来る感じの熱血で苦手だし、今から始まる地域民との交流も、どうせ色々言ってくるんだろうなと思ってしまう。
「八束、この地域の人は、心無い言葉を投げてくる人間性を持ち合わせてはいないから安心しろ」
「すみません無理です」
「……まぁ、少しずつ慣れていくといいさ。三年間でな」
隣にいた綾辻会長に気を使われてしまった。三年……三年かぁ……筋金入りの妖怪嫌いは緩和されたが、刷り込まれてきた人間の悪意ってやつに慣れるまでに三年以上はかかる気がする。
今の空より鉛色になった心のまま開店時刻を待っていると、柊先輩が持っていたストップウォッチがブザーを鳴らす。
「開店時刻ですので、販売を開始します!」
その声と共に、少し遠くから様子を見ていた地域民らしき人達がこちらへ向かってきた。
「柊ちゃん、今日はどんなのが売ってるの?」
「えーっと、今日はいちご、ブルーベリー、梅、リンゴのジャム、リンゴジュース、味噌、ハム、ソーセージですね!」
一番乗りでやって来た主婦らしき女性に答える柊先輩は、いつも通りの笑顔を浮かべて接客し始めた。天真爛漫という言葉がよく似合う彼女の言葉に、その女性は微笑む。
「元気ねぇ。いいわ、リンゴジュース一つちょうだいな」
「はい! リンゴジュース一つですね! 四百円になります!」
その声に従ってリンゴジュースの瓶を取り出し、袋詰めにする。そこにプロジェクト活動による産物、チーズを入れる事を忘れない。在庫処理に付き合わせているようで悪いが、これも冷蔵庫と捨てられそうだったチーズのため。
「こちら、品物です。割れ物が入ってるのでお気を付けください」
「あら、見ない顔ね? 新入生?」
「え、ああ、はい。一年です」
フレンドリーに聞いてくる女性に困惑しながら、商品を渡す。さっさと帰りたいので、帰ってくださいお願いします……
「八束、こちらの商品詰めを手伝ってくれ」
「あ、はい。では、気を付けてお持ち帰りください」
綾辻会長に呼ばれ、商品詰めを手伝う。味噌三つにジャムも三つとリンゴジュース……たくさんの購入があったようだ。そう思ってちらりと綾辻先輩が接客していた相手を見ると、夫婦が学生らしき子を連れている。午前授業だったんだろうか?
「すまんな八束。動かせて」
「いえ、せいぜい二メートル程度の移動ですし、人と話すよりかは……」
接客業をするよりも力仕事をやっていた方が気楽である。笑っても犯罪者にしか見えないと言われてきたし、実際そうだからな! だから友達ができないのかもしれないが、今は気にしないでおく。
それからはずっと、綾辻先輩の下で品を詰め、それが終われば柊先輩の方でも品を詰め、詰めて詰めて詰めまくった。どれだけ品詰めをしたのか分からないが、大分手際が良くなった頃、先生が品切れを伝えてきた。
「や、やっと終わった……」
「お疲れ様! いやー、今日はいつもより盛況だったね!」
「そうなんですか?」
「うん! いつもはもう少し遅く売り切れたり、余ったりするんだよね。でも、今日は完売! SNSで見たって中学生もいて、PRもできた!」
そういえばそうだった。午前授業だったらしいこの付近の中学生達が、SNSを見て買いに来たと言ってるのをちらほらと見かけた。これは百足様のご利益があったに違いない。
「百足様、今度何食べたいですか?」
「あら、珍しいわね。どうしたの?」
「ほら、百足様ってムカデじゃないですか」
ムカデは毘沙門天の教えだとされていたり、足が多くある事から、客足が多いなどに解釈されて商売繁盛、金運アップなど意外とありがたい存在として扱われたりするそうな。子宝の神としてもいるんだったか? 調べたのは昔だからうろ覚えだけど、今回の売り上げが良かったのは、きっと百足様のご利益だ。
「言っておくけど、私にそんな力はないわよ?」
「えっ」
雷に打たれたような衝撃が奔る。嘘を言っている様子はないし、そもそも彼女は隠し事はするけど傷付くような嘘を吐いた事はない。
「力を溜めて天候を変えたり、災害を引っ張ってきたりは、できはするけど、ご利益とかなんて持ってないわ。せいぜい人を不幸にするくらいかしら。――物理的に」
「そうなんですか……」
最後にボソッとなんか言ったような気がしたが、詮索する必要はないだろう。詮索したらダメな気がする。秘密を探って痛い目を見たくない。
そうこうしているうちに片付けが終わったため、撤収する。先生はトラックで帰るのに俺ら学生は歩きですか、そうですか。許しがたいなぁ。
「この蒸し暑い中、学校に帰れと」
「帰ったらもう放課後だねぇ」
「戻り、点呼を取ったら解散していいそうだぞ」
それはありがたい。自意識過剰かもしれないが、いじめ対策でリュックを背負って販売実習に来た甲斐があるというものだ。学校に戻ったら即刻帰って家でゴロゴロしてやる。
「それにしても、八束、今日は助かったぞ」
「――は?」
唐突にそんな事を言ってくる綾辻会長に困惑する。
「俺は品詰めしてただけですけど?」
「それもそうだが、色々サポートしてくれただろう? 例えば……チーズの用途とかを聞かれた時とか」
あー、あれか。確かにその対応をした記憶はある。
お客さんの中で、結構あのチーズの塊をどう使えばいいのかって聞いてくる人がいたのだが、常日頃料理――お菓子作りが主だが、をしたりする俺は可能な限り噛み砕いて説明したのだ。切り刻んでシチューに入れたり、ハンバーグの上に乗せて溶かしたり、とか具体例を込みで。
「うんうん、あんまり料理しないから助かったよ!」
「それは食物農業科としてどうなんですか?」
「えへへ……お恥ずかしながら、加工は得意なんだけど、料理となるとねぇ、酷い時は消し炭を作っちゃうんだ」
消し炭は酷すぎやしないか? 料理だって一種の加工だろうに……
「あ、そうだ碧暮君! 夏休み中教えてよ!」
「どれだけの食材が犠牲になるのだろうか……」
「む、失礼だなぁ。カレーくらいなら作れるよ!」
なら肉じゃが、豚汁、シチューは作れるな。よし、柊先輩に教える事はない。これによって食材達は守られたのである。そして何より、俺の精神疲労を防ぐことができる。
夏休みこそは課題をさっさと終わらせてゴロゴロするつもりなのだ。もちろん百足様との約束は忘れていない。湖で泳ぐ練習をすると決めているのだから、邪魔されてたまるか。
「すみません、夏休みは予定がありますんで」
「そっか。じゃあ夏休み明けに教えてね!」
どうしても料理は習うつもりらしい。料理ができるようになりたいのであれば、料理教室とか通えばいいものを。……とはいえ、柊先輩に恩があるのは確かであるため、返せる時に返しておこう。
「暇があったらですからね」
「うん、約束だよ!」
「これで藤宮の料理音痴が治れば、天津も苦労せずに済むな」
彼女の被害に遭っていたのは天津先輩だった。彼女にもちょっとした恩があるし、柊先輩の料理音痴を矯正して、彼女への恩返しもしていく事にする。綾辻会長にも恩はあるが、完璧超人過ぎてどうすれば恩返しになるのかが分からない。――いや、怪奇現象を解決して、学校を残せるようにしてやればいいのか。
「期末テストもやって来るが、藤宮はともかく、八束は大丈夫か?」
「数学と英語に成績を殺されるかもということ以外大丈夫です」
全く分からないというわけでもないが、数学と英語は許しがたい。点Pはどうして動くんだろうか……二次関数ってなんだよ。英語も文法がごちゃごちゃになってしまうため、苦手だ。
「平常点も加算されるから、赤点にはなりにくいよ。安心しなって」
「柊先輩は余裕そうですね」
「ふふーん! なんたって私、学年で万年二位だもんね! 一位は星那ちゃん!」
……なぜだろう、凄く負けた気がする。
柊先輩が意外と優秀だったことに失礼ながらショックを受け、学校へと戻るのだった。