2話 依頼の先にあるカオス
「まずは強くなるためにクエストからだな!」
魔王討伐を意気込む椿は、冒険者ギルドにて依頼を受けようとしていた。
(まだレベル1だし、俺のステータスには謎が多いし、最初は簡単な討伐依頼からこなしていこう)
椿はギルド内の依頼が書かれている掲示板を見て絶句した。
(な……なんだこれは! 高難易度クエストばかりじゃないか!)
ドルミラ国の隣に魔王率いるヤーフ国が移動してきたため、ドルミラ国の周辺は強い魔物ばかりで、今の椿にこなせる難易度の討伐依頼はひとつもなかった。
(1番低い難易度の討伐依頼ですら――推奨レベル35のワイバーン討伐!? どうやって強くなればいいんだこれ…)
この世界のレベルとは、1年で1つ上がればいい方であり、歴代最高レベルは、実力主義国であるクラチャ国の王の、71レベルである。
初心者は難易度が高すぎるため討伐依頼を受けることが出来ない。魔物を倒せないのだからレベルが上がらない。初心者殺しの悪循環に、椿は絶望していた。
現在椿は、全財産がいかつい冒険者に貰った7万ルミしかなかったため、ルミを稼ぐために手軽にできる依頼を受けることにした。
ルミとは、ラウタージュにて使われるお金の共通単位であり、大体1円=1ルミである。
(異世界に来て初めてのクエストがおつかいかぁ。先が思いやられるなぁ)
そう、椿が受けたものは町の武器屋へのおつかいの依頼だった。
(にしても報酬高すぎるなこれ)
依頼内容
【武器屋でクルシュプルスを買い、依頼主に届ける。報酬6万ルミ】
「なんで誰も受けなかったんだろ? こんなにおいしい依頼なのに。……まぁ、ラッキー!」
武器屋に着くと、椿は武器屋の職人風の人に頼んだ。
「クルシュプルス1つください!」
椿は後悔することになる。おつかいだけで6万といういかにも怪しい依頼を疑わなかったことと、クルシュプルスが何か疑問に思わなかったことに。
「はいよ! クルシュプルスだ! 値段は5万8000ルミだぜ!」
椿は耳を疑う。
(待ってくれよ! 報酬6万ルミに対してクルシュプルスが5万8000ルミ!? つまり差し引きで手元に残るのは2000ルミだけかよ! 騙されたぁ!)
そう、椿は見事に騙されたのである。冒険者をやるに当たって、仕事量に合わない報酬は罠であることは、この世界の冒険者はもちろん、子供でさえも知っている常識であった。だが、この世界に来て間も無い椿は、そんな事知る由もなかった。
(依頼主に不満を言ってやりたいけど、ギルド法でダメなんだよな!)
ギルド法とは冒険者が活動するに当たって定められた法である。その中の1つに、
・冒険者は1度依頼を受けた場合、特別な理由がない場合は依頼を破棄できず、依頼内容についてのギルドへの問い合わせ、依頼主へのクレームの一切を禁ずる。これに反する場合、ギルドへ3万ルミの罰金を払うこととする。
という原則がある。そのため、椿は依頼をリタイアすることも依頼主にクレームを付けることもできない。時すでに遅しというやつである。
椿は仕方なく5万8000ルミ払い、依頼主の家まで届けようとしたところで、クルシュプルスを見て絶望することになる。
「あの……クルシュプルスでかすぎませんかね?」
クルシュプルスとは超大型のハンマーであり、高レベル冒険者が扱う代物であった。椿は気を失いそうになりながらも武器屋の人に尋ねた。
「ちなみにそれはどのくらいの重量があるんですか?」
武器屋の職人が答える。
「大体50キロくらいだな!高レベル冒険者はみんな身体強化を使えるから、そのくらいの重さが丁度いいんだよ!」
つまり椿は、たった2000ルミの報酬で50キロある巨大ハンマーを依頼主まで届けるという地獄のような状況に陥った。
「はは……」
椿は乾いた笑いしか出せなかった。
「まいどありぃ!」
武器屋から出て、椿はクルシュプルスを引きずりながら思った。
(依頼主をこのクソデカハンマーで殴ってやりたい!)
体力を使い果たしてようやく依頼主の家まで着いた椿は、依頼主をを呼んだ。
「わぁ! クルシュプルスだ! 依頼受けてくれてありがとうございます!」
家から出てきたのは、20代前半ほどの見た目をした冒険者風の青年だった。青年は言う。
「報酬については申し訳なく思います。うちはおばあちゃんが腰を痛めていて、母さんも父さんも仕事なので僕が看病をしているんです。だからお金もなくて――」
椿はなんとも言えない気持ちになった。騙されたと思っていて、依頼主と喧嘩でもしてくるつもりだったが、割と深刻な訳があって怒りずらかったからだ。
「ところで、クルシュプルスって何に使うんだ?」
気持ちを切り替えた椿が青年に問う。
「あぁ、そういえば話してなかったですね! 着いてきてください!」
青年の言葉通りについていき、椿は青年の家の庭に来た。庭の真ん中には青年のおばあさんらしき人がうつ伏せで寝転んでいた。
「セイネンよ~。早くマッサージを頼むぅ~」
――どうやら青年はセイネンという名前らしい。
「分かったよおばあちゃん!」
セイネンは元気にうなずくと、クルシュプルスを取り出した。
(クルシュプルスで何するつもりだ?)
椿は疑問に思う。
次の瞬間、セイネンは身体強化によりクルシュプルスを片手で持ち上げた!
そのことから、セイネンは高レベル冒険者だということが分かる。
なんとセイネンは、クルシュプルスを振りかぶり、思いっきりおばあちゃんの腰に総重量50キロのクルシュプルスを叩き込んだ!
「えぇぇぇぇぇぇ! なにやってんのぉぉぉ!!」
明らかに殺人現場な光景を目にした椿は叫ぶ。
「あぁ~気持ちいいんじゃ~。やっぱり腰のマッサージにはクルシュプルスが1番じゃのう~」
椿はおばあちゃんの余裕そうな声を聞いて、意識を失いかける。
「依頼ありがとうございました! これでおばあちゃんも楽になると思います!」
椿は脳の理解が追いつかないままセイネンと別れを告げた。
気づけば日は落ちかけていて、あたりも暗くなっていた。
「一体自分は何を見せられたんだ? しかもお金の問題一切解決してないし……」
なんだか腑に落ちないまま、椿は依頼達成を知らせるためにギルドへ向かった。