姉の婚約者を好きになった妹が幸せを掴むまで
エリーヌ・ミリテリス公爵令嬢は、公爵家の二女に生まれた。
彼女には愛してやまない二つ上の姉、レティレシアというそれはもう、美しくて気高い姉がいる。
姉はエリーヌにとって憧れだった。
レティレシアのようになりたい。だから、レティレシアの真似をした。
自分も美しい金の髪を持ち、顔立ちだって自信がある。
それはもう美しすぎる姉には負けるけれども、姉がドレスを両親から作って貰えば、自分も真似をしてドレスを作った。それも姉とまったく同じデザインにしてくれと、ダダをこねたのだ。
姉レティレシアは困ったような表情で。
「エリーヌと全く同じドレスなんて嫌だわ。せめて色だけでも変えて頂戴。」
「えええ?わたくしはお姉様と同じドレスを着たいのです。」
姉は迷惑そうな顔をして、
「それは嫌よ。もう、いつも言っているじゃない。わたくしの真似ばかりしないでって。」
「わたくしはお姉様のようになりたいのです。お姉様のように優秀で美しい女性に。」
本当に姉は美しいのだ。
エリーヌ自慢の姉なのだ。
姉は18歳。自分は16歳。
王立学園に通っているのだが、姉には高位貴族から嫌という程、釣書が来る。
王立学園でも成績は学年で10位以内にいつも入っており、女性ながら剣技もたしなみ、乗馬も得意で何も欠点のない、完璧な姉。国王陛下からも是非に第二王子の婚約者にと、請われている位である。
それに比べて、エリーヌは勉強が苦手で、成績は学年でも中位。剣技なんて、姉の真似をして習ったが、ちっとも上達せず、馬なんて、エリーヌが乗ろうとすれば、嫌がって走り去ってしまう始末。
何をやっても姉に遠く及ばない。
だから、姉のようになりたい。せめて姉みたいに美しくなりたい。
だから同じドレスを作りたい。
髪型も姉が髪を結いあげて、ロール巻きに背に流しているのを真似して、同じような髪型にした。
大好きなお菓子も我慢して、スタイルを保つように頑張っている。
化粧もメイドに頼んで、姉と同じようにしてもらっている。
姉のように…姉のように…姉のようになりたい。
姉はそんな自分に対して困ったような表情は見せれども、とてもエリーヌを可愛がってくれて。
二人は仲の良い姉妹として有名であった。
姉と共に通える王立学園。とても楽しく幸せだったのだが…
ある日、第二王子であるルイド殿下が、姉と一緒にいるのを見かけた。
美しくて白銀の貴公子と呼ばれるルイド殿下。
背が高く銀の髪に青い瞳のルイド殿下はエリーヌの憧れだった。
しかし、姉と共にいるルイド殿下はあまりにもお似合いで。
楽しそうに姉と話をするルイド殿下を見ていると、チリチリと胸が痛む。
ルイド殿下はお姉様が好きなのだわ。
お姉様にルイド殿下と婚約を結ばないかと、王家が申し込んでいるくらいですもの。
ああ、わたくしが婚約者に選ばれたらどんなに良かったかしら…
ルイド殿下と結婚したい。
彼の隣に立ちたい。
柱の陰からじっと二人を見ていると、気づいた姉が手招きして、
「あら、エリーヌ。貴方もこちらへいらっしゃい。一緒にお話しをしましょう。」
「いえ…その…」
「ほら、いいからいらっしゃい。」
テラス席で、二人は話をしていたようだが、姉のレティレシアはルイド殿下の隣に席を移動して、ルイド殿下の目の前にエリーヌは座る。
正面から見るルイド殿下は眩しくて、目の前に座っているだけでドキドキする。
しかし、ルイド殿下は姉にばかり話をして、
「今度の馬術大会。君も出るのだろう?」
「ええ。出ようと思いますわ。今度こそ、ルイド殿下に負けません。勝ちますわ。」
「ふふん。そりゃ楽しみだな。君の乗馬姿もとても美しくて、うっとりと私は見つめているよ。」
「それをおっしゃるなら、女性達がルイド殿下の乗馬姿を見て、頬を染めて騒いでいますわ。」
「モテる事は自覚しているよ。まぁいくら騒がれてもねぇ…私はレティレシアが見てくれれば満足なんだけれどな。」
胸が痛い…
エリーヌは目の前で繰り広げられている二人の会話に胸が痛くてたまらなかった。
「失礼しますわ。」
ああ…自分が姉ならばどんなに良かっただろう。
ルイド殿下に愛されたい。
どうしても愛されたい。
青い顔で歩いていると、デット・リリース伯爵令息に声をかけられた。
「落ち込んでいるなぁ。ねぇ、考えてくれた?」
思い出した。リリース伯爵家から釣書が届いていたんだった。
両親は乗り気だが、返事は保留にしてあったんだっけ?
黒髪で顔は平凡、普通の男であるデットに向かって、
「誰が貴方なんかに…格下の伯爵家なんかに嫁ぐなんて御免だわ。」
テッドは笑って、
「格下の伯爵家っていったって、事業は順調、お金はあるし苦労はさせないよ。俺ね。一目ぼれなんだ。エリーヌ様に。」
「噓でしょう。皆、姉の事は褒めるけれども、わたくしなんて褒めてもらったことも無いわ。」
「君単体で見たら美人だよ。確かにレティレシア様は美しくて優秀だけれども、冷たい感じがして俺は嫌だな。君だったら楽しい結婚生活が送れると思うんだけれども…」
「嫌よ。わたくしは…わたくしが好きなのは…」
涙がこぼれる。
ルイド殿下と結婚したい…ルイド殿下と…
その場を走り去る。
大好きだった姉、レティレシア。
でも、どうしても諦めきれないルイド殿下。
エリーヌは徹底的に、ルイド殿下に付きまとって、自分の良さをアピールすることにした。
周りにはルイド殿下のファンの女性達もいる。
その中に混じって、毎日、花やプレゼントを手に持ち、校門の前で待ち構える。
他の女性達と共に、馬車から降りるルイド殿下の傍に駆け寄って。
「わたくしはエリーヌですっ。ルイド殿下にプレゼントをっ。」
押し合い圧し合い、令嬢達と共にプレゼントを渡す。
いや…ちょっと待って…わたくしがいた事に気が付いたかしら?
姉レティレシアと共にルイド殿下はテラスでお昼ご飯を食べているのを知っている。
この時は他の令嬢達は近寄れない。
護衛が近づかないように見張っているのだ。
「わたくしはあそこに座っているレティレシアの妹ですっ。」
そう言って強引に、二人の座っている席に行き、姉の隣を陣取ると、
「今朝、プレゼントをルイド殿下にお渡ししましたわ。袖に着けるボダンです。綺麗な青の宝石で作りましたのよ。わたくしが見立てて、作らせたボタンです。」
「え?今朝、君も居たのか?」
「ええ。どうか、プレゼント大事にしてくださいませね。わたくしは朝昼晩といつもルイド殿下の事を思っております。」
姉レティレシアが驚いたようにこちらを見た。
そして、きっぱりした口調で、
「ルイド殿下とは婚約が決まりそうなのよ。わたくしが婚約者。父と母と話し合って決めたの。貴方がいない時に。」
「なんでお姉様。わたくしがいない時に?」
「貴方、反対するでしょう。」
「だって、わたくしの気持ちをお姉様は解っているはず、わたくしはルイド殿下と結婚したいの。結婚したいのよ。」
「我儘を言うのではありません。」
ルイド殿下が、
「君の気持ちは嬉しいけれども、第二王子とはいえ、それなりに国の為に働かなくてはならない。レティレシアなら、優秀だから十分、私の為に役に立ってくれる。だからこその婚約者なのだ。もちろん、私はレティレシアの事を愛しているが。君は私の伴侶としてふさわしいと思えない。」
「わたくしがふさわしくないのはよく解っております。でも、ルイド殿下の事、ずっと好きで。」
涙がこぼれる。
姉はきっぱりとした口調で、
「ともかく、これは決まった事よ。貴方の我儘は許されないわ。いいわね?エリーヌ。」
エリーヌはあまりの悲しさに立ち上がり、その場を去った。
屋敷へ帰って、両親に詰め寄る。
「酷い。お姉様の婚約者をルイド殿下に決めるなんて。」
父に叱られた。
「国王陛下も認めた婚約だ。あまりにも我儘を言うのなら、お前を修道院へ入れるぞ。」
母も呆れたように、
「そうね。まったく、甘やかしすぎたわ。少しは部屋で反省しなさい。」
部屋に籠って、泣いて泣いて。その日は泣いて…
泣き晴らした顔で朝、食堂へ行ってみれば、姉がいなかった…
父が言うには、
「レティレシアは、王宮で暮らすことになった。夕べ出て行ったよ。」
「お姉様が王宮で?」
「お前があまりにも反対するから、その方がいいだろうと…」
大好きだったお姉様。いつも憧れていたお姉様。
お姉様がいなくなってしまった…
ルイド殿下と結婚する為に王宮で暮らすなんて…
いえ、学園に行けば会えるわ。
学園に行っても姉はいなかった。
もう、優秀だから学園の勉強は終えてしまっているので、学園に来ないとの事。
それはルイド殿下も同様で。明らかに二人して自分を避けている。
そうとしか思えなくて。
そんなの嫌っーーー。大好きなお姉様。愛しているルイド殿下。
そうだわ。わたくしはお妾にしてもらえばいいのよ。
そうしたら、大好きなお姉様が傍にいて、愛しているルイド殿下が傍にいて…
そうして貰おう。
廊下を走って、外へ出ようとしたところでテッドに声をかけられた。
「どこへ行くんだ?授業が始まるよ。」
「わたくし、妾にしてもらうことにしましたの。だから王宮へ行くのですわ。」
「へ?」
「大好きなお姉様。愛しているルイド殿下。わたくし、妾になれば、一緒に暮らせますもの。」
テッドに背後から抱きしめられる。
「そんな事したって君は幸せになれない。君のお姉さんも、ルイド殿下も幸せになれないよ。俺は君一筋だよ。だから、お願いだから馬鹿な真似しちゃ駄目だよ。泣きたければうんと泣けばいい。
俺がいくらでも君の気持ちを聞いてあげるからさ。俺…君に一目ぼれしたのはね。君が他の友達と楽しそうに笑っているその笑顔に惹かれたんだ。だから君には笑っていて欲しい。お願いだから。」
テッドの言葉に心を打たれた。
それ程、交流があったわけではない。
それなのに、彼はずっと自分の事を見ていてくれたのだ。
だから…馬鹿な真似をしてはいけない…妾になると言って両親や姉を困らせてはいけない。
彼の言葉で目が覚めた。
テッドに礼を言う。
「ありがとう。こんなわたくしでも見ていてくれたのね。」
「勿論。でも、公爵令嬢だからなかなか話しかけられなくて。敬語がよかったかな。」
「いいの…この方が話やすいわ。ねぇ…もっとわたくしの事を知って。わたくしもテッドの事が知りたい。」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。エリーヌ様。」
半月程過ぎて、頭がすっかり冷えてから、
姉に謝りたい。ルイド殿下には合わせる顔がないけれども、エリーヌはそう思った。
テッドの事は知れば知る程、好きになった。
自分らしく、楽に彼とは接することが出来るのだ。
明るく前向きなテッド。
彼と一緒にいると毎日楽しかった。
正式にテッド・リリース伯爵令息と、婚約を結ぶことになった。
王宮に暮らしている姉に手紙を書いた。
― 親愛なるお姉様。わたくしエリーヌは、テッド・リリース伯爵令息と婚約を結びました。
王家との話し合いで、王族としての仕事をする為に、ルイド殿下と結婚し、お姉様は王宮に正式に入るそうですね。公爵家の跡継ぎはわたくしが、テッドを入り婿として迎えることになり、後を継ぐことになりました。
今まで本当にごめんなさい。お姉様の真似ばかりして、お姉様を困らせて。
ルイド殿下とお姉様の邪魔をして、ダダを捏ねてお姉様を困らせたわ。
反省しています。お姉様はわたくしとはもう、顔も見たくはないでしょう。
大好きなお姉様。ルイド殿下とどうかお幸せに。わたくしも、テッドと幸せになります。-
手紙を王宮にいる姉に向かって書いて、送った。
もう、会ってくれないだろう姉…
大好きな姉だから…本当に悪かったと思ったから…
謝罪をしたかった。
二日後。
姉から手紙と、プレゼントが届いた。
洒落た模様の高級ペアグラスである。
― 親愛なる妹エリーヌへ。もう怒っていないわ。婚約おめでとう。わたくしも貴方の事が大好きよ。貴方の結婚式には絶対に行くから、わたくしの結婚式にも絶対来なくては駄目よ。約束よ。-
嬉しかった。
姉は許してくれたのだ。
しかし、さらに一波乱あるとはその時のエリーヌは思いもしなかった。
一月後の卒業パーティ。
姉とルイド第二王子殿下は、卒業パーティには出席するとの事で。
二人を祝う為に、テッドと共にエリーヌもそのパーティに出席した。
ルイド殿下に贈られた青色のドレスがとても似合っていて。
「お姉様。とても美しいですわ。卒業おめでとうございます。」
「エリーヌ。来てくれて嬉しいわ。」
あの手紙から、姉とは時々会って、一緒にお茶をしたり、仲が良い関係に戻った。
ルイド殿下も挨拶をしてくれる。
「エリーヌ嬢と、テッド・リリース伯爵令息も結婚されるんだってね。おめでとう。」
テッドは頭を下げて、
「第二王子殿下における祝いの言葉、ありがとうございます。」
エリーヌもカーテシーをし、
「かつての無礼の数々、お許しください。祝いの言葉、ありがとうございます。」
ルイド殿下はにこやかに、
「過ぎた事だ。これからは、二人してミリテリス公爵家を盛り立てて行ってくれ。」
そこへ、カレード王太子殿下がやってきた。
この王太子殿下もルイド殿下と似て、凄い美男である。
彼は王宮に普段おらず、国境の騎士団に居て、王国の防衛こそが、大事な仕事だとばかり、ちっとも王都へ帰って来なかった。
国王陛下も王妃も、そんな王太子に、いい加減に王都へ帰って来て、政務を覚え、婚約者である令嬢と結婚しろと言っているのだが…
婚約者の令嬢はやはり高位貴族の令嬢で、カレード王太子と共に卒業するルイド殿下を祝うために今回出席していたのだが…
カレード王太子はしみじみ、レティレシアを見ながら、頷いて。
「どうだ?レティレシア。私と結婚しないか。」
その言葉に皆、凍り付く。特にカレード王太子にエスコートされた婚約者の令嬢は真っ蒼な顔をして、レティレシアを睨みつけている。
レティレシアはオホホホと笑って、
「御冗談を。わたくしはルイド殿下の婚約者ですのよ。」
ルイド殿下も怒りまくって、
「兄上。冗談にも程があります。私の婚約者であるレティレシアになんてことを。」
カレード王太子は、自分の婚約者とレティレシアを見比べて、
「どう見ても月とスッポンだろう?レティレシアの方が美しい。」
婚約者の令嬢は泣きながら、走り去っていってしまった。
エリーヌの胸に怒りが沸々と湧き上がる。
何を言っているのかしら。あの王太子はっ…やっとやっと…
つかつかとカレード王太子の前に進み出る。
バシっとカレード王太子の頬を引っ張いてやった。
「謝って下さいませ。婚約者の方に。」
カレード王太子は喚き散らす。
「私は王太子だぞ。不敬である。私が望めばどんな物も手に入る。結婚相手にレティレシアを望んで何が悪い。」
背後からぬうっと卒業を祝う為に来ていた父が現れて。
「王太子殿下。我が公爵家を馬鹿にしたその振る舞い。国王陛下もお怒りですぞ。」
ズモモモモモモモモモモモモーーーーーーー
凄い勢いで国王陛下がカレード王太子を睨みつけている。
「ひいいいいいいっーーーー。」
悲鳴を上げて後ずさるカレード王太子。
「馬鹿だとは思っていたが、そこまで馬鹿だったとは…お前は国境の守りからもう二度と帰って来なくてよろしい。」
王妃もカレード王太子を睨みつけて、
「そうですわね。ルイドを王太子にすることに致しましょう。」
カレード王太子はがっくりと膝をついて…
エリーヌは安堵した。
姉に優しく抱き締められる。
「無茶しては駄目よ。王族に手を挙げるなんて。」
「だって…お姉様が心配で…」
「でも、不敬で貴方が処罰されたら、わたくしは…」
国王陛下が、
「カレードは国境警備隊の隊長になって貰い、王族から落とすことにした。不敬に問う事はない。安堵するがいい。」
エリーヌが頭を下げる。
「ありがとうございます。国王陛下。」
父も母も姉も皆、頭を下げる。
何事もなかったかのように、卒業パーティは始まって。
大好きな姉と、そして隣には自分の一番の理解者である最愛の婚約者テッドがいる。
なんて幸せなんだろうと…
幸福な気持ちに包まれるエリーヌであった。
後に、エリーヌはテッドと結婚し、可愛い子供達に恵まれて幸せに暮らした。
レティレシアは、王太子になったルイドと結婚し、後に王妃になった。
エリーヌとレティレシア姉妹は生涯仲が良く、王妃は王宮にエリーヌを呼んでよくお茶をして、仲良く話をしていたという。




