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 予想外の困惑


 空色のドレスに身を包んだわたしは既に疲労困憊していた。


 現世ではたいして運動もしていない。けれどドレス好きのわたしは最初こそ窮屈に感じたコルセットも今では普通の下着と化している。なので、コルセットのせいで体調を崩したわけではない。

 憧れのドレスを着込んだ瞬間から椅子に座れなくなった為にずっと立っていた。当然座ってもいいのだけどドレスに皺をつけたくない一心で何処にも座らずに気合いで立ち続ける。


「それだと夜会前に疲れちゃいますよ!」


 キャシーの言葉は最もだと思う。けれど座りたくない。皺をつけたくない。単にわたしの意地だ。


「レミニーナ様、いらっしゃいました」


 マーリーの声にハッと顔を上げる。

 朝から何十回目かの鏡を見て気合いを入れると部屋を後にした。

 ロビーには既にお父様と兄弟、側仕えらが一同に並び立っていた。

 父と兄様の前には、四日前に私に大嘘をついた見目麗しいマクロン様が立っていた。

 階段上のわたしの存在に気付くと満面の笑みで見つめられた。


「こんにちは、レミニーナ嬢」


 その笑顔に緊張が嫌でも増した。足もとに気をつけながら階段を降りていくと、下で手を差し出して待ち構えるマクロン様。

 今まで、父と兄にしかエスコートされていない私は、他の男性の手を取ることすら緊張で手が震え出す。

 そんな私の手をそっと優しく包む大きな手。


「レミニーナ嬢、とてもお似合いです。想像以上で貴方から目が離せません」


 頭上から聞こえた甘い声に思わず顔を上げると、スカイブルーの瞳が私を見つめる。


(……ドレスと似た色。綺麗な瞳……)


 晴天の雲ひとつ無いすっきりとした青空を眺めるような感覚でその瞳を見つめた。


「姉上どうしたの?」


 無垢なローゼンの声でそちらを見れば皆がわたしを注目していた。


「本当に素敵なドレスだ。とてもよく似合ってる」


 珍しく父がわたしの姿に賛辞を送る。


「レミニーナ。今日はお前が主役と思っていたほうがいいぞ。それだけ注目されるドレスとパートナーなんだからな。気を引き締めて行けよ」


 ルーベルト兄様が忠告してくれるが、その一声で更に緊張が増した。


「ルーベルト、大丈夫ですよ。私が壁になりますから。レミニーナ嬢はいつものように好きに夜会を鑑賞なさってください」


 エスコートしながら兄達の前を歩くマクロン様が私に微笑んだ。


(……鑑賞? わたしがいつもドレスを眺めていることを知っているの?)


 ドレス鑑賞をしていたところを見られていたと想像しただけで恥ずかしさから自然と頬が熱くなる。


「……妹は集中すると周りが聴こえなくなる。くれぐれも…」

「承知しています。一人にはさせません。護衛もつけるので安心してください」


 兄にそう言い残すと再び歩き出す。


「あ、行って参ります」


 振り返り兄を見つめながら声をかけると、ふっと兄の顔が柔らかくなり微かに微笑んだように見えた。



ーーー


 今まで乗った事の無い最上級の馬車は座面も背もたれもクッション性は抜群で、驚いたのが底板にまでベルベット生地が貼られていて車中からは馬車の材質の木目が一切見えなかった事。


(この馬車ならドレスが木目のささくれに引っかかる事はないわね)


 安心して腰を下ろしては目線を下げて自身の着るドレスを愛でる。腰から垂れる繊細なレースの目を細かくじっくり見つめられる幸福感に浸る。

 そんな姿を同乗するマクロン様が無言で見つめていた事に一切気付かずに。



「レミニーナ嬢、着きましたよ。」


 ハッ!と顔を上げると既に馬車を降りたマクロン様が私に手を差し伸べていた。


(えっ?嘘っ!? もう着いたの?馬車で30分以上かかるはずなのに?マクロン様に色々聞きたい事があったのに!?)


 ちょっとした浦島太郎状態になりつつも、手を借りて降りればそこには会場となる王城の大扉が見えた。

 来賓客はまだいない少し早目の時間。今回のわたしの立ち位置はホスト側になるので来賓客らと同じ時間に到着するのを避けたのだ。

 マクロン様は気にしなくて良いと手紙で伝えてくれたけど、わたしの着ているドレスはマクロン様のお母様である公爵夫人が関与してる事がモロバレなのでどうしても先に挨拶をしたかった。


「レミニーナ嬢、会場を覗いてみるかい?」

「い、いえ、見てしまうと余計に緊張してしまいそうなので遠慮します」


 緊張で棒立ちの私の手をそっとマクロン様が腕へと誘導する。


(もしかしてさっきからマクロン様は腕を出してくれてたの?エスコートにも気付かないなんてっ!)


 チラリと周りを見れば大扉の両脇に立つ騎士らが、それが合図だと言うように動き出して扉を開けた。嗚呼、マクロン様に恥をかかせてしまった……。


「………」

「………」


 頑張って背筋を伸ばして歩いているが周りを気にする余裕もなく目線は城内の大階段を見ていた。

 マクロン様が無言なので、恥をかかせてしまった事を考えると視線を送ることも声をかけることも出来なかった。


(絶対後悔してるよね。わたしなんかがマクロン様のパートナーだなんてやっぱり何かの手違いなのよ)


 マクロン様から聞きたい事がいっぱいあった。何故わたしなんかに白羽の矢を立てたのか?お飾りのパートナーであれ、何故このドレスを用意してくれたのか?何故あの日に側仕えを装っていたのか?本当にわたしはドレス鑑賞してても良いのか?


 それらを聞きながら少しでも親しくパートナーとして務めたいと思っていたのに、話す機会を逃した挙げ句に恥をかかせてしまった。

 ――――――もう消えてしまいたい。


「レミニーナ嬢?」


 名を呼ばれてハッと顔を上げると目の前にマクロン様の寂しそうな表情が見えた。


「………もしかして君は俺でなく他にパートナーになって欲しい人がいたのかい?」

「………い、いえ、そのような方など……」

「本当に?」

「はい。兄が婚約して私と夜会に行けなくなって……。父も兄もパートナーがいなければ夜会に行ってはいけないと言われているのでパートナーになってくれる方を探さなくてはと考えていたのです」

「そうか。ならば今後、貴方が出席したい夜会があれば全て俺がパートナーになっても良いだろうか?」

「……えっ?」


 願ってもない事を言われて思わず口がぽかんと開いてしまった。

 マクロン様のような上流貴族の方ならば、不躾に声を掛けようとする輩はそうそういないだろう。親しい方々か、何もせずとも殿方よりも女性が群がるはず。そうなると私としては目の前で素敵なドレスを沢山拝めるわけで……。


「………よろしいのでしょうか……?」


 そんな客寄せパンダ的な事になってもいいのだろうか?……いや、良いわけないよね……。


「構わないよ。いや、寧ろそうして欲しい」


 寧ろ?なんで!?

 あ。もしかして結婚相手を探しているのだろうか?


「………あの、どなたか意中のお相手とお話したいのでしょうか?」

「……そうだよ。ずっと気になっていたのだけど今までほとんど会話した事なくてね。君はパートナーがいないと言ったけど、気になる人はいないのかい?」

「わたしですか?そんな方がいたら兄にパートナーを頼みません。もしかしたらご存知かもしれませんが私はドレスを眺めるのが好きなので御令嬢方の素敵なドレスを鑑賞したいだけです」


 ドレスが好きだなんて子供のような話を家族やアメリア以外に打ち明けたのは初めてで恥ずかしくなり俯向いた。

 そんな私の頬にマクロン様の手が触れる。


「好きな物に夢中になれるのは素敵だと思うよ。母が言っていたけれど、貴方は自分でドレスをアレンジしているのかい?」

「えっ?………はい」


 確かにアレンジしている。既製品となると色違いで型が同じドレスを着ている令嬢とカブりたくないからだ。

 けれど貴族の令嬢ならば、そうしたいのであれば一からドレスを作るのが一般的だ。嗜みとして刺繍やレース編みが得意な令嬢はいても、自分でドレスを作ろうとする貴族令嬢はそうそういない。


(公爵夫人の目に留まるほど変なアレンジをしてしまったのだろうか……)


 そんな不安から正直に頷けず顔がこわばる。


「そんな顔をしなくても大丈夫。母は君のドレスを褒めていたよ。君のデビュタントのドレスをいたく気に入っていてね、何処で作ったドレスなのかと夫人方と話をしていたくらいだよ」


 私のデビュタント?

 それは確かにほぼリメイクしたと言っていいくらいのドレスだった。特注の姿見鏡のこともあってデビュタントのドレスは元から要らないと父に言っていた。その代わりに姿見鏡を買ってもらえた。

 なのでデビュタントは母のお古の幾分かくすんだ白いドレスの上に淡い黄色とオレンジ色の布を重ねてリメイクしたドレスを着ていた。それが公爵夫人の目に留まるなんて思いもしなかった。


「俺も君のパートナーになれて嬉しいけれど、母も君に会えるのを楽しみにしているんだ。だから気負わずに両親に会ってほしい」

「は、はい!」


 気付けば城内のロビー中央で立ち止まっている自分がいた。いや、もしかしたらさっきから立ち止まっていたのだろうか?だからマクロン様は私に声を掛けてくれたのだろう。

 気負わずに、と言われても逆に違う緊張感に包まれてしまったが嫌な緊張感ではない。

 再度、顔を上げるとマクロン様の優しい笑みが見えてほっとするとわたしも自然と笑みを返していた。


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