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 公爵様っ?!


 驚きと感激のあまり、箱の中のドレスに触れられず、見事な刺繍に釘付けとなったわたしはいつの間にか涙を流していた。

 そんなわたしに近付いて来たのは兄のルーベルトだった。


「……どうしたんだ?」


 兄様の声にようやく顔を上げて声を出す。


「っ、兄さ……ドレス、これ…わたし……」


 兄様がいつ部屋に入ってきたのかなんて気にも掛けず、ただこのドレスをどうしたらいいのか困惑する。


「このドレスが本当にレミニーナ嬢へのプレゼントなのかと疑っているのでは?」


 戸惑うわたしの代わりにマクロンが代弁してくれた。

 その通り!とばかりにマクロンの言葉にうんうんと頷いた。


「……なんだ。そんなに泣くほど嬉しい物だったのか?」


 私の状況を理解した兄様が呆れるように言う。


「それならプレゼントは大成功なんだな。レミニーナ、お前四日後の夜会に行くんだろ?当日、馬車で迎えに来るからそのドレスを着て待ってて欲しいそうだ」

「…………」


 兄の言葉に一瞬で涙が止まる。

 敷居の高い四日後の夜会。デビューしたての子爵令嬢が憧れてても簡単に行けるはずがない夜会。

 今回はアメリアに誘われたから行けるけど、本来ならわたしは明らかに場違いな場所だ。それなのに何故その方はわたしが出席する事を知っているのだろう?……兄様が伝えたの?


 余程不審な目で見つめていたのか、兄様が大きなため息をついてから白状した。


「お前のパートナーはピネッティ公爵家の子息マクロンだよ」

「…………こ……」


 こ、公爵家の御子息様っっっ?!?!

 そ、それ、その、夜会の主催者様よね?! 主催者の御子息がわたしのパートナーっ!?!?


「……な、何か、間違いでは」

「間違ってない。夜会の主催者の子息。だから断れないぞ。お前が泣くほどのドレスを見たらそれなりの家格だと分かるだろ?俺は嘘ついてないからな」


 こ、断れないっ!? 否、断るつもり無いけど。でも、まさか、主催者様の御子息なんて……しかも、ピネッティ公爵様と言ったら現王の右腕とも言われてる御方。


「因みに俺はその夜会には呼ばれていない。だから当日にお前が頼れるのは……アメリア嬢くらいか?」

「…………な、なんで?」

「俺は呼ばないでくれ、と言ったから」

「……なんでっ?!」

「俺は子爵家の長兄だからな。知人というだけで簡単には出席出来ない階級の夜会だからだよ」

「それじゃわたしも……」

「お前は上流貴族のドレスを見たかったのだろう? 出席出来て良かったじゃないか」


 良かったっ?! そりゃ良かったけどっ!

 でも、だって、どういう事っ?!


 ピネッティ公爵様の御子息は確か兄様より年上なはず。子爵家の兄様と公爵様の御子息に接点があったなんて知らない!

 それに、ピネッティ公爵様の御子息は公爵様に似てかなりの美形だと聞いたことがある。

 そんな人に私のパートナーを頼んだって事?!兄様バカなの?!いや、兄様が優秀なのは知っているけどあえて言う。バカなのっ?!何してるの?何考えてるの?野心?え?まさか、妹を使って自分の野心を叶えるつもり?いつの間にそんな野心家になったの?まさかドレスも兄様が口添えしたの?!

 思わずきつく睨んだからか、兄様が何か感じたようだ。


「言っておくけどな、俺はお前のドレスのサイズなんて知らないからな。それに俺の婚約の話を聞いたマクロンの方から声をかけて来たんだぞ。下級貴族の俺に断れる理由(わけ)ないだろ?それでも嫌ならお前が直接本人に断れよ」

「…………」


 開いた口が塞がらなかった。

 ドレス……は置いといて、向こうから兄様に声をかけて来たなんて。それじゃあ子爵家の兄様には断れないよね……。

 というか、そんな事言われると変な方に疑っちゃうんですけど?向こうから声をかけて来た?なんで?なんで私のパートナーに?美形と名高い方が何故?女性なら引く手数多でしょうが!!何で急にフラグ立った?うそ?あれ、私死ぬの?


「ほら、ボケッとしてる間にマクロンが帰るぞ」

「……え?」


 思わずキョロキョロと周りを見てマクロンを探す。

 窓辺に移動していた兄様は外を見ている。

 不審に思って兄様の隣りに立って外を見るとそこには馬車が一台停まっていた。

 馬車の横には執事のような格好の人が立っている。

 ちょうどその時、ゴールドイエローの髪の男性が出てきた。ちらりとこちらを見たマクロンは軽く手を上げて挨拶した。そして執事に促され、馬車に乗り帰って行ったのだった。


「え?マクロンって執事じゃなかったの?」

「は?……お前マクロンと挨拶したんだろ?気付かなかったのか? 去年の夜会で一度紹介した事あっただろ?覚えてないのか?」

「………」


 ………マジですか?



ーーー


 なんで?なんで?どうして?!

 あの後しつこく質問攻めにしたら兄様がキレた。


「言っただろ!マクロンに頼まれたって!以上!終わり!解散っ!」


 いつもは冷静沈着な兄様が怒鳴って部屋を出て行った。

 一人きりになったわたしは放心しながらテーブルの上の箱を見つめる。


(い、一旦、落ち着こう)


 ドレスに感極まって現状に頭がついていかず兄様を問い詰めてる間にマーリーが淹れてくれたお茶は完全に冷めていた。それでも気にせず常温になったお茶をはしたなくも一気飲みする。そしてまた目の前の箱を見る。


 確かにピネッティ公爵夫人なら頷ける。

 昨年のデビュタントの夜会で公爵夫人がポワンドールのドレスを着ていたのを覚えている。自慢じゃないが、気になったドレスを着ていた婦人や令嬢は名前も顔も記憶している。

 でもこれは、私へのプレゼントだと言う。

 流石にポワンドールが採寸も無しに既製品を作るとは考えられない。だとすると、このドレスはきっと私のサイズなはずだ。

 ……何処から私のサイズが漏れた?

 いや、その前に本当に私のサイズなのか?

 本当は別の令嬢用に作ったけど何らかの事情で断られて似たサイズの私にまわって来たのか?

 そうか。それなら一理ある。マクロン様がわたしにプレゼントなんてあり得ないもの。

 それでもわたしはこのドレスを着て夜会に出席しなくてはならないのだ。それだけは理解した。


 無意識にゴクリと唾を飲みこんでから箱に手を伸ばす。

(はっ!先に手を洗わなきゃ!)

 慌てて我に返り、手を洗おうと常備されてるボウルに水を注いでいる時にドアをノックする音がした。


「レミニーナ様、新しいお茶をお持ちしました」


 聞き覚えのあるキャシーの声に返事をするといつも通りの姿が顔を覗かせた。


「……何をされたのですか?」


 私の様子を一見したキャシーがキョトンと見つめる。


「あ、その、ドレスを汚したくなくて」

「ああ。憧れのドレスですからね。それなら私も失礼して」


 ボウルに張った水で私の手を洗ってくれたキャシーは自身の手もサッと洗った。


「では早速着てみましょう」


 キャシーに促されて箱の前に戻る。

 けど、キャシーと私はそのまま立っているだけ。


「…………レミニーナ様、ドレスを取って頂けますか?」

「えっ!?」

「このドレスは別格ですから私なんかがおいそれと触れられません。レミニーナ様のドレスですから一番最初はレミニーナ様が触れてください」


 キャシーの言葉に思わず感激してしまう。

 私のドレス好きを、ポワンドールのドレスに憧れていた事を知ってるキャシーだからこそ、その気遣いに泣きそうになった。

 でも。

 泣くのを堪えて気持ちを切り替える。

 憧れの、(多分)私のドレスに手を伸ばし、胸の刺繍を避けてドレスをそっと掴んで持ち上げた。


「…………」

「本当に素晴らしいドレスですね。これで私も鼻が高くなります。お仕えしてるお嬢様がポワンドールのドレスを着るなんて!」


 私がドレス全体を見て感動してる横でキャシーが嬉しそうに言った。


「まさか、アメリア様がこんなサプライズなさるなんて思ってもみませんでした」

「…………え? アメリア?」


 突然出た友人の名前に疑問を抱く。

 そんな私に気付かなかったキャシー。


「では私も触れてよろしいでしょうか?」

「え?ああ、勿論よ」


 そう告げるとキャシーは私からドレスを取って箱の上に軽くたたんで置いた。


「まずはドレスを脱いで下さいね」


 私の背にまわったキャシーは背中の結び目を解いてピンクのドレスを脱ぐ手伝いをしてくれた。

 着ていたドレスを脱ぐと、キャシーはポワンドールのドレスを手にして着るのを手伝ってくれる。

 肌を滑る空色のドレスに放心しているとキャシーは一人で話はじめた。


「流石に肌触りが違いますね。しっかりしているようでとても軽い。レミニーナ様にピッタリなドレスですね」


 私にピッタリ?

 さっきから訳のわからない言葉を紡ぐキャシーに問いかけた。


「さっき、アメリアがサプライズとか言ってなかった?」

「あ、はい。以前、レミニーナ様のサイズを細かく教えて欲しいと言われたのです。サプライズにドレスを送りたい、と言われたのでレミニーナ様には内緒でお教えしていたのです。」


 キャシーの言葉に再び疑問を抱く。

 アメリアがサプライズ?

 けれどこのドレスはポワンドールの一品よ?

 アメリアも、アメリアのお母様もポワンドールのドレスを着た姿を見た事がないわ。

 何かがおかしい。

 そう考えている間にキャシーはわたしの着付けを終えていた。


「出来ました!やっぱりレミニーナ様にピッタリですね!」


 その声を聞いた私はすぐに姿見の前に立った。

 放心して自分の姿を見つめる。 


(…………これが……私?)


 迂闊にも自身の姿に見惚れた。

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