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 ポワンドール


 応接室を覗き込むとメイドのマーリーが振り向いた。


「どうかされましたかお嬢様?」


 お茶の片付けをしていたマーリーは手を止めて立ち上がり姿勢を正して私の言葉を待つ。


「あの……兄様が何処にいらっしゃるか知らない?」

「ルーベルト様ですか?それなら、ローゼン様のお部屋へ……」

「ローゼンの?」


 弟のローゼンには今日の来客の話をしていなかったはずだ。もしかしたら何も知らないローゼンが兄様の部屋に訪ねたので相手をしているのかもしれない。


「……それで、お客様は? もしや、もう帰られたの?」


 マーリーがお茶を片付けているという事はここでの話は終わったという事。片付け途中の茶器から、馬車から降りた人物はこの応接室に通された事が伺える。

 わたしはマクロンに兄様が部屋で呼んでいると聞いた。なのに兄様の部屋はもぬけの殻だったのだ。

 だから応接室へと来たのに………。


 もしかしたらお相手の方もパートナーの話に乗り気では無かったとか? 兄様に嫌々頼まれただけで今日はお断わりに来たのかもしれない。最初から断るつもりでいたなら早々に話を切り出して帰られたのかも?


「お客様もご一緒に部屋を出られましたがどちらに行かれたのかはわかりません」

「……そう。」


 ということはやっぱり帰られたのかもしれない。そう考えるとどっと気が抜けた。


「ありがとうマーリー。あと、キャシーを知らない?」


 いつもならわたしの側にいるはずのキャシーの姿が見えなくて何気なく問いかけた。


「キャシーならルーベルト様とご一緒でした。何やら頼まれ事があったようです」

「そう。それならわたしは部屋に戻るわ。マーリー、ここが終わってからでいいから後でお茶をお願い。」

「はい、かしこまりました」


 兄様がわたしを呼んだのに不在にしてるということは、やっぱりこの話は流れたのかもしれない。

 一度ローゼンの部屋に行こうかとも考えたが、ローゼンの部屋でお客様と挨拶する可能性もある。

 来客があったのは明白なのに何故かわたしと入れ違いになっている今の状況ではウロウロせずに大人しく待機している方が得策だと考えた。


 やはりお断りに来たのかな?

 しかし、そうなると……やっぱり学園のクラスの男性に頼むしかない。

 夏季休暇の今、領地に戻ってしまう男性は少なくない。四日後に迫る夜会の為には王都に残っている男性にパートナーを頼むしかない。

 兄は今回がダメなら次の候補者を連れて来ると言っていた。それがいつになるのか分からないのだから。


 とはいえ、クラスの男性にしてもパートナーを頼むのは気が重かった。顔と名前は皆把握しているがそれだけだ。話をした事がある男性はごく少数で、その彼等は皆家督を継ぐ長兄ばかりだと記憶している。


(きっと領地に帰ってるよね……)


 後は顔を知っていても話をしたことのない男性しかいない。

 そうなると流石にパートナーを頼むとしても急を要すると断られる可能性もあるし、話をした事のないわたしがいきなり邸を訪ねるのも失礼すぎる。


(アメリアに頼もうかしら……)


 とにかく、四日後の夜会まで日が無い私は友人のアメリアに相談する事に決めた。

 そうと決まれば早速アメリアの邸に馬車を走らせなければ。

 鏡に映る自分の姿をもう一度チェックする。

 人様の邸に訪ねるには今着ているピンクのドレスは不似合いかも?と一人で悩んでいるとまたしてもドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

 最近は姿見鏡のせいもあって何かと父や兄弟が部屋を訪ねて来ることが多い。そのせいもあって特別何か無ければ誰だろうとすぐに入室の許可を告げる癖がついてしまったようだ。


「失礼致します。レミニーナ様、主からのプレゼントをお持ちしました」

「え?」


 てっきりノックの主がキャシーかマーリーかと思っていたわたしは予想外の声にドアの方へと視線を向けた。

 するとマクロンが箱を抱えて部屋に入って来た。その姿を見た瞬間、目を奪われたのはマクロンが持つ大きな箱だった。


「…………あの、それは…」


 驚きのあまり、姿見鏡の前に立ったまま固まる。


「はい。レミニーナ様へのプレゼントです」

「…………どうして?」

「どうして、とは?」


 聞き返すマクロンはテーブルの上に持ってきた大小の箱を置いた。


「………こんな……頂けません」

「え?」

「………きっと手違いよ」

「手違い?」


 マクロンが持ってきた大小の箱には見覚えがあった。見覚え、なんてものじゃない。わたしが憧れる高級店(ブランド)の箱だからだ。


 上流貴族の貴婦人御用達で完全オートクチュールの超がつく高級店の箱。それがこの部屋にある訳がない。どう考えても手違いだろう。

 きっと兄様のご友人のお母様が頼んだ物を持って来たのだろう。そうとしか考えられない。

 上流貴族御用達と言ってもお金さえ積めば買えるという物でも無い。一見さんお断りとの噂もある入手困難な店の箱なのだ。


 現在の王太后様が若かりし公爵令嬢時代に見つけた小さなお店。そこのドレスを好んで着続けた為、今となっては王太后様御用達となったこじんまりとした高級店。

 いまだに優秀な人材しか雇わない為、お店の他に工房があるだけの少数精鋭でドレスを作っている。なので店頭にドレスは並ばない。店はあっても看板だけで、一見客には店のドアすらも開かない。王家御用達の噂を聞いただけの不躾な者が入れる店ではない。


 王太后様からご友人方にと紹介をされたごくごく限られた上流階級のご婦人方御用達の店。

 そんな完全オートクチュールの品が私へのプレゼントな訳ない。

 断言する。あり得ない。


「マクロン、急いでお兄様に伝えて。ご友人様が荷物をお忘れになったと。きっと今頃ご友人様も困ってらっしゃるわ」


 それに私も困る。手違いとはいえ、そんなブランドの箱が邸にあるなんて。万が一、盗んだなんて思われたら社交界から永久追放されかねないっ!

 慌てだす私を尻目にマクロンが困惑する。


「ですが……確かにレミニーナ様にと仰せつかっております。ルーベルト様もレミニーナ様なら喜ぶだろうと仰ってました」

「いいえ、手違いよ!あり得ないわ。私は一度もその御方にお会いしていないのよ?このお店のドレスは完全オートクチュールなのよ?見ず知らずの令嬢に気軽にプレゼントできるような物では無いのよ?!」

「……そのような物なのですか?」

「そうよ。貴婦人方の憧れる超のつくブランドよ。私みたいにデビューしたての令嬢用のドレスなんて見た事ないわ」


 上流階級のごく一分の貴婦人方が好むブランド。それなりに落ち着いた世代の方の着るドレスは私なんかが着ても似合う筈ない。絶対にドレスだけが浮いてしまうだろう。


「……ならば偽物でしょうか?」

「偽物っ?!」


 偽物?バッタもんって事?!

 あまりの言葉に驚いたけど、これが本当に偽物だとしたら……そう考えると沸々と怒りが湧いてくる。


「とにかく確認してみましょう。もしかしたら不審な物が入っているかもしれませんから」

「えっ!? ……そ、そうね。それならあり得るかもしれない。……ま、待って!」

「はい?」


 ブランドの箱の蓋に手を掛けたマクロンが止まる。


「マクロンは下がって。私が開けるわ。……私へのプレゼントなら…………。不審な物だったら貴方が危険だもの」


 偽物。不審な物。何にせよ、私の憧れるブランドの箱を使うなんて卑劣すぎる!そんなに私のパートナーが嫌だったのだろうか? 兄様に無理に頼まれて断わり切れなかったのだろうか?

 次々と嫌な疑念ばかりが浮かんで悲しくなる。それでも確かに確認しないと始まらない。

 私は箱に近付くと恐恐と箱に手を掛けた。


「大丈夫です。私がお守りします」


 震える私を安心させる為か、マクロンがそっとわたしの肩に手を乗せた。その手に安心しながら意を決して箱の蓋を持ち上げた。


「…………」

「…………ドレスですね」


 わたしの手から箱の蓋を取り上げたマクロンが呟く。

 そんなこと言われなくても分かる。

 目の前に折りたたまれた淡い空色のドレス。その胸元に施された繊細な刺繍はあえて太めの白い糸で編んでいて立体感のある独特な見事な刺繍だった。

 そしてこの独特な刺繍こそがこのブランドの物だと、本物のドレスだと主張していた。


「……うそ……」


 若かりし頃、胸元を強調するようなドレスを着ていた令嬢方も、結婚やそれなりの年を重ねると肌を隠すようなデザインに変わる。

 そんな肌の露出度が低いドレスであっても特徴的な刺繍やビーズで華やかに若々しく見せるドレスがこのブランド『ポワンドール』だ。


 そのポワンドールの刺繍が施された空色のドレスは明らかに年を重ねた貴婦人が着るものでは無かった。

 広く開いた胸元の立体的な刺繍。それは更に胸を豊かに見せるように施された物。うら若き乙女心の気持ちを叶えるような特徴的なドレスだった。

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