0009 パンと銃と水車小屋・3 私的所有権
水車小屋主が製粉を終えて戻って来た。しかし、その手には麦袋は1つしか持っていなかった。しかも、農民親娘が持ってきた時よりも膨らみが小さい。あからさまに抜き取られている。こんなに抜かれたら餓死の危険すらある。
それを悪びれる様子もなく農民親娘に渡した。
「ほら、製粉してやったぞ。……何だそのあからさまに不満な顔は。要らないのならやらんぞ」
農民は苦々しい表情をしている。そこに追い撃ちをかけるように言葉が続いた。
「小作人風情がこの麦すら失ったら、どうやって生きていけるか分かっているのか」
彼らは自身の身体以外の財産は一切所有していない。
水車小屋はもちろんのこと、耕している土地や農具は領主の所有物だ。つまり、領主の畑で生産される麦も領主の所有物である。故に、彼らは汗水流して労働力を領主に売って、やっとの思いで麦を買っている。
また、いままで農業以外に高度な事はやっていないので、特殊な技能が必要となる高給な仕事にはありつけない。
もしこの村を出て生きるのであれば、自分自身の売り手になって奴隷商人に身体を売るしかない。そうなれば労働力すら他人の所有物になるので、今よりも悪い生活になる。
「もっと欲しいというなら、ふむ。お前の娘もそろそろ年頃だし、それと引き換えでも構わんぞ」
水車小屋主は農民の娘を商品のように言った。娘はその意味を理解できるくらいには頭が良く、身体を震わせた。親は今までの恨みつらみが爆発し、激昂して殴りかかった。
しかし、親は瞬時に数人の男に取り押さえられた。この敷地から出てきたので、水車小屋主が都から連れてきた私兵だろう。