エリオット・イーストベルグ公爵の若き日
エリオット・イーストベルグ公爵はそれはもう、独身時代はどうしようもない男だった。
(いや、結婚後もちょっとは問題を起こしたが)
美男で名高く、その美しい銀の髪に、碧眼の公爵は、社交会の女性の憧れであった。
剣を振るえば、騎士団長と同等の強さを見せ、
ダンスを踊れば、素晴らしいエスコートで、夜会の注目を浴びる華やかさがある。
だから、モテた。そして、この男は来るもの拒まずで、好き勝手に恋愛を楽しんでいたのである。
そんな彼が特にのめり込んだ女性が、リュシエール伯爵未亡人、マリーネである。
このマリーネと言う女性。金髪で美しいグラマラスな女性で、色々な男達と色恋を楽しみ、身体の関係を持っているそれはもう、エリオットと同様、遊び人であった。
身体の相性もいい。執着される心配もない。そして凄く魅力だ。
若きエリオットはそれはもうのめり込んだのであるが。
とある夜、洒落た貴族服を着て、髪を整え、屋敷の門を出るエリオット。
色々な女性と恋愛を楽しむ彼だが、身体の関係となると貴族専用の高級娼館か、マリーネくらいしか思い当たらない。万が一、子供でも出来たら大変な事になるが、マリーネはその心配はなかった。
「久しぶりのマリーネとの逢瀬。楽しみだな。レジート。マリーネへの花は用意してあるか?」
執事のレジートは門の前の馬車の中を指し示して、
「はい。エリオット様。こちらに。」
100本の赤の薔薇の花束が用意されていて、それと高級赤ワインも箱に入って馬車に積まれている。
赤薔薇とワインを馬車に乗り込み、確認するエリオット。
「これならば、マリーネも喜ぶだろう。」
満足し、馬車に出発を命じる。
まさか、騒動に巻き込まれるとはこの時のエリオットは思いもしなかった。
マリーネの屋敷に着くと、門番に来訪を告げて、中へ通して貰う。
客間で待っていれども、いくら待ってもマリーネは現れない。
しびれを切らしたエリオット。
「この私を待たせるとは、失礼極まりない。」
立ち上がり、マリーネの寝室へ向かい、扉を開ければ、
マリーネが誰かとベッドの上にいた。誰かと言ったのは、その相手が扉が開いた瞬間に毛布に潜り込んでしまったから顔が確認できなかった。
マリーネはエリオットの姿を見ると、あら?と言う顔をして。
「今日、貴方と約束していたのを忘れていたわ。」
「それは酷い。愛しのマリーネ。私は今日と言う日を楽しみにしていたのに。」
ベッドの上の男は、毛布に潜り顔を隠している。
「おや、余程、顔を見られたくない男と見える。どれ?」
と、毛布をめくろうとすれば、マリーネがにこやかに、
「素性を詮索するのは、マナー違反よ。」
「私の約束をすっぽかしてこの男といちゃついていたんだ。顔位、見たいものだな。」
その時、扉がバンと開いて、見覚えのある男が飛び込んで来た。
「おおっ。愛しのマリーネ。ワシは今日と言う日を楽しみに…なんじゃ。イーストベルグ公爵ではないか。」
「神官長???」
ハリス王国の神殿の神官長モーリスが赤い薔薇の花束を手に立っていたのだ。
いつもは大勢の神官と共に、威厳を持って神殿を取り仕切るモーリス神官長。
貴族ならば、神官長とはある程度顔見知りなのは当然だ。
歳は召しているはずだが、神官長とは思えない逞しい身体を持つモーリスは、
エリオットに近づき、肩をバンバン叩いて、
「お主も、マリーネと出来ていたとはのう。マリーネは良い女だから、ワシはもう・・
たまらぬわ。」
「ハハハハ。そうですな。」
マリーネはオホホホと笑って、
「あら、神官長様。今日、お約束だったかしら?」
「おや?確か今日だったような…間違えたかのう。」
懐のメモ帳を取り出して、パラパラとめくる神官長。
そして自分の額をポンと叩いて、
「あちゃ。一日間違えておったわ。明日だった。」
マリーネがにこやかに、
「あら。それは、明日、楽しみにお待ちしておりますわーー。」
「って、そのベッドの隠れている男、誰なんじゃ?」
「どなたでもいいではありませんか。」
その時、扉をバンと開けて、一人の男が飛び込んで来た。
「おおおおおっ。愛しのマリーネ。今宵は熱い夜を過ごそうぞ。」
それを見た、エリオットと神官長モーリスは固まる。
「「ゼルダス国王陛下っ」」
エリオットが慌てて、
「ここへ国王陛下が来ちゃ駄目ですよ。」
モーリスもうんうんと頷いて、
「そうじゃよ。国王陛下、王妃様に殺されますぞ。」
ゼルダスはエリオットを見ると、両肩をガシっと掴み、
「エリオット。エストローゼは元気にしているかっ。私は私はっーーー。エストローゼの事
が忘れられなくて。」
エストローゼはエリオットの母だ。若い頃、国王陛下と色々とあったらしいが…
エリオットは微笑んで、
「母上は領地で父上と仲良く暮らしております。それはもう、イチャイチャと。」
「あああああ…イチャイチャとは…エストローゼっ。」
いやもう、収拾がつかなくなってきた。
国王陛下に神官長。マリーネはどれだけ凄い人物と関係を持っているのだろう。
エリオットはともかく、二人を追い出さないとと思った。
「今夜、約束をしているのは私です。国王陛下、神官長。日を改めて下さいませんか?」
「私は国王陛下であるぞ。不敬である。」
「王妃様に告げ口しておきますが。」
「帰るぞ。モーリス。」
国王ゼルダスは神官長モーリスを連れて渋々出て行った。
エリオットはマリーネに近づき、熱く囁く。
「邪魔者は追い払った。さぁ…私と。」
ふと、毛布の中に隠れている人物の事を忘れていた。
毛布をめくるのが非常に怖い。
どんな大物が潜んでいるんだ???
ここは覚悟を決めて、バっと毛布をめくってみれば、これまた見覚えのある男が顔を赤くして、こちらを見ていた。
「ディストール・レドモンド大公???」
確か遠国でドラゴンを退治したとかで若き英雄と呼ばれている男だ。黒髪で漆黒の瞳を持ち、背の高い彼は一月前、王太子ファルトの客としてこの国に来ていて、エリオットも紹介された覚えがある。
マリーネは一月たらずでこの英雄とまでも、関係を持つようになったらしい。
ディストールをちらりと見ながら、エリオットは両腕を組んで、
「英雄様も人間って訳だ。マリーネに溺れるとは、私と同類だな。」
「マリーネはそれはもう、魅力的だ。私はマリーネと結婚してもよいと思っている。」
マリーネはにこやかに、
「嫌だわ。この人、女性関係がいままで無かったらしいのよ。ね…坊や。もっと大人になりなさい。英雄なのだから、沢山恋をして…色々と女性を見るといいわ。」
「それまでは貴方に溺れていて構わぬのか?マリーネ。」
「そうね。貴方が会いたい時に会いにくればいいわ。私は執着しないの。私が執着したのは亡くなった夫だけよ。」
エリオットは羨ましいと思った。マリーネを執着させたその男が。
どれだけ魅力的な男だったのだろう。
「今宵は帰る。英雄殿に譲ろう。また、今度。」
その場をエリオットは去った。
馬車に乗りながら思う。
今は沢山の女性達と、恋の駆け引きを楽しんでいるが…
本当に愛する女性に出会う事はあるのか?
その時、自分は…
まぁ、難しい事を考える事は止めよう。今は色々な恋を楽しむことにしよう。
エリオットが妻となる最愛のサリアに出会うのは、そう遠くない…そんな夜の出来事であった。