白銀さん家の陸くん。
その後、多少の衝突はあったが何だかんだで奏悟と李紅の態度は少しだけ柔らかくなっていった。本当、少しだけど。
そうして平日が終わり、今日はバイトの日である。白銀家へ行き、灰藤さんに挨拶をする。着替えを済ませると早速掃除に取り掛かった。廊下を掃き、窓を磨き、落ち葉を袋に集める。屈んで痛めた腰を労りながら、最後の枯葉を片付けて一息吐いた。
そんな時だった。
「ご苦労様。灰藤から話は聞いていたが、こんな可愛い子がうちで働いていたなんてね」
背後からかけられた声に驚いて振り向く。するとそこには見たことのない男性が立っていた。
さらさらの髪に涼やかな瞳、整った鼻はシュッとして、シミ一つない肌が羨ましい。弧を描く唇はなんとも蠱惑的で、髪色こそ黒だがまるで御伽噺の王子のようなイケメンがそこにいた。
「…………っ」
こんなイケメンに微笑まれたら落ちない女なんていない。
私の本能が奴は危険だと告げている。奏悟もイケメンだが、彼の性格を知っているが故に彼に入れ込むことはない。しかし、目の前の男は得体の知れない……一度嵌ったら抜け出せないような恐ろしさを感じた。
「あれ? 驚かせちゃったかな? おーい、大丈夫?」
反応のない私に男はちらちらと手を振る。私の頭の中ではこの男が誰なのか必死で考えていた。そして、辿り着いた答えに口を震わせた。
「もしかして、あ、貴方はこの家の……」
その先の言葉を詰まらせていると、男はそうそうと頷いて見せた。
「俺は白銀陸。この家の一人息子ね」
やっぱり!
何故、こんな所にいるのかとややプチパニックを起こす私に、彼は私の名を尋ねてきた。
「ねぇ、君の名を教えてよ」
「い、嫌です」
思わずそう言ってしまうと、彼は目を瞬かせた後、あっはっはと声を上げて笑った。暫く笑い続ける彼を私は黙って観察する。
こんなイケメン、ゲームには登場しなかった。サブキャラとか? いや、このイケメン具合でサブキャラは無いわ。だったら……そうだわ、確か公式から攻略キャラが増えるという情報があったような、なかったような……くっ、こんな時に朧げな記憶しかないなんて!
でも、新たな攻略キャラと言われた方がこのイケメンぶりも底知れない恐ろしさも納得出来るわ。彼の性格がわからない以上、下手なことは出来ないけれど、一体どうしたら。
「そんなに難しい顔して、何を考えているんだ?」
ずいっと彼が顔を覗き込んでくる。思考していたせいで私はそれに反応出来ず、固まってしまった。
うわ、イケメンが、近くにいる! 嬉しいを通り越して怖い!
「流石にそんな顔をされると傷付くんだが……まぁ、いい。君の名前は灰藤にでも聞こう」
私の反応を見て諦めたらしい彼は一歩後ろに退がり距離をとる。未だ固まる私を困った様子で眺めつつ、手を振ってきた。
「今日は君に挨拶をしたかったんだ。バイトとは言えこれからうちのお手伝いとして働くんだから……邪魔して悪かったね。それじゃ」
しょぼくれて帰る背中を見て、私は息を呑んだ。
経緯はどうであれ、彼は雇い主の関係者として私に挨拶しに来たのだ。このまま彼を帰せば、私はとんだ無礼者となるだろう。
何より、あの哀愁漂う背中を作り出したのが自分だと思うと申し訳ない。




