次の日には居なくなる。
「そうだわ、明日にでも眞紘と会ってお話ししてみない? 見た目からは想像つかないでしょうけど、彼女、武術の心得もあるの。きっと杏香を守ってくれるわ」
「えっ」
突然のお誘いに私は戸惑う。
友人の関係でないにしろ幼い頃からの付き合いがある二人の仲に急に知らない奴が入ってくるのだ。李紅が良くても、ゆるふわっ子は気分が悪くなるかもしれない。
流石に遠慮しようかと考えていると丁度奏悟が帰ってきてしまった。
「ごめん、お待たせ……って、何かあったのか」
微妙な空気を感じ取った奏悟が自然と目を細めて李紅を睨む。私が止めるより先に動いたのは当人である李紅だった。
「私の不手際ですわ。ですが、今後このような事がないように致しますので、今日のところは帰らせていただきます。杏香、また明日。ご機嫌よう」
「あ、うん……バイバイ」
綺麗なお辞儀を見せて颯爽と彼女は教室から出ていく。その後ろ姿を奏悟と一緒に見送って、暫く経ってから顔を見合わせた。
「……で、何があったの」
同じ質問をもう一度した奏悟に私は軽く説明したのだった。
粗方の説明を聞き、帰り道、奏悟は不機嫌そうに顔を顰めた。
「やっぱり、氷華と連むのは良くない」
「でも、何もされなかったから」
「杏香、何かあってからじゃ遅いんだよ」
「わかってるけど」
李紅は悪くない。悪いのは李紅の為と言いつつ自分達の為に言い掛かりをつけてきた彼女達が悪いのだ。だから、そんなことで李紅との縁を切るのは嫌だった。けれども、奏悟が懸念していた事態が実際に起こってしまったのは事実だ。先生が止めに入ってくれたからまだこの程度だったが、次も同じとは限らない。
しゅんとする私を見て、奏悟も同じように眉を下げた。
「俺が杏香の交友関係に口出しする権利はないってわかってる。でも、杏香には笑ってて欲しいんだ。それだけは覚えていて……それじゃ、また明日」
いつの間にか着いた我が家に、奏悟は背を向けて歩き出す。私は何も言えずにその背を見送るしか出来なかった。
翌朝、いつも通り迎えに来た奏悟と挨拶を交わすも、何とも言えない空気が流れて無言のまま学園に着いてしまう。このまま重たい空気が流れたままなのかなと、溜息を吐いた時だった。
「なぁ、聞いたか。一組の鈴原達が停学処分受けたって」
「聞いた聞いた! 中等部の頃から氷華に近付いた奴呼び出して虐めてたもんな。他にもテストの時カンニングしてたとか色々あったけど、ついにかー」
「なんで今頃になって停学なんだろうな」
「さぁな。でもアイツらの家って父親が社長とかだったろ? 金に物言わせてなんとかするんじゃないのか」
「いや、逆に退学して別の高校に行くんじゃないか」
「どちらにしても、終わったな」
「だなー」
そんなやり取りをしながら、二人の男子生徒が過ぎ去っていく。彼等の話題はすでに昨日のドラマに変わり、停学処分を受けた彼女達の存在はすぐに忘れ去られていた。楽しそうに話す彼等を見送り、奏悟に視線を移すと彼は周りの様子を見ながら頷いた。
「どうやら、本当のようだね」
覚の奏悟が言うのだから間違いはないのだろう。しかし、何故こんな急にと、思ったところでふと昨日の李紅を思い出した。
もしかして、これは彼女が……。
「おはようございます、杏香さん」
背後から声を掛けられた私は、何故だが身震いがした。振り向けば、にっこりと笑う李紅が立っていた。