白状しました。
甘いお菓子の匂いがすると言われて思い浮かぶのは一人しかいない。しかし、それを言うとなると何故そのような状況なったのかまで言わなければならない。
私は李紅のせいとは思わないが、彼女が知れば自分のせいだと自身を責めるだろう。私はそんな姿を見たくなくて、言葉を濁そうとする。しかし、逸早く気配を察知した李紅は悲しそうに俯いた。
「私、その匂いが何か知っているわ……杏香は本当のことを話してはくれないのね」
切なげに悲しむ李紅に思わず心が痛む。伏せていた顔をちらりと上げて、前髪の隙間から見えた瞳は薄く膜を張って潤んでいた。
ああ、私はこの表情につくづく甘い。駄目だと思いつつも、私は抗えずに観念した。
「他クラスの李紅と仲良くしている人達に呼び出されたの」
そういうと彼女は少しだけ嫌そうな顔をした。
「あんな人達、仲良くなんてしてないし、したくないわ。私の大切な杏香を傷つけたのだから」
「ま、待って。私は別に暴力を振われたわけじゃないから」
「本当? でも、ここへ来た時、青褪めてたわよ。何かされたのではなくて?」
その言葉に違うと反論しようとしたが、すぐには出来なかった。暴力を振るわれたわけではない。ただ、言葉で傷つけてきただけだ。それでも先程の光景を思い出すと、身震いがした。
たった一人の状況で複数人に囲まれて、彼女等は明確な悪意と敵意をぶつけてきたのだ。先生が来なかったら、きっと暴力も振るわれていた。
あの時は柚月さんまで話に出されて苛ついて、逃げて一矢報いてやるという気持ちでいっぱいだった。けれども、冷静に考えるとそれは不可能に近い。
私が筋肉ムキムキの女子か、頭が良ければまだ勝ち目はあったかもしれないが、生憎と平均な筋肉量と凡庸な頭じゃあの人数相手に勝てず寧ろもっと酷い目に遭っていただろう。
そう考えると今になって恐怖が襲ってきた。震える私に李紅はそっと抱きしめてくれた。ふわりと香る彼女の甘い匂いが肺を満たす。背中を摩る手は優しく、震えは徐々に落ち着いていった。
「ありがとう……本当に大丈夫だから」
もう離して大丈夫だよと伝えると、心配そうな視線を送りながら李紅は静かに離れた。
「本当に、大丈夫なのね?」
「うん」
「暴力は振るわれてないのね」
「うん」
「貴女を傷つけようとしたのはいつも私のご機嫌取りに来る一組の四人組ね」
「名前はわからないけど、多分そう……あ」
そこで私はゆるふわっ子が仲間の一人に呼ばれていたのを思い出した。
「確か、神崎さんて」
「神崎眞紘ね」
「あ、でも待って。その人はお菓子食べてただけで、本当に何もしてないから」
あのゆるふわっ子は本当に何もして来なかった。取り囲みはしてきたけどそれだけだ。あとはずっと興味なさげに彼女等を眺めながらお菓子を食べていた。李紅は納得した様子で頷いた。
「あの子は私の嫌がることをしないから、何もしなかったのでしょうね」
李紅曰く、彼女はあの四人組の中で唯一幼い頃から李紅自身のことを見てくれる子らしい。ただ、李紅のことを盲信している部分もあるから、今でも友人のような親密な関係を築くことが難しいのだとか。
「彼女はね、悪い子ではないのよ。ちょっと他の人と感覚がズレているだけで」
困ったように笑う李紅がスカートの裾を払いながら立ち上がった。