蜂ぶんぶん!
バスに乗って、山の前で降りる人は私達しかいなかった。今から登る山は無木芽実山というらしく、現在は木々の覆う緑溢れる森だが、昔は草木が殆ど枯れ果て、かなり地肌の見える山だったらしい。このままでは大雨が降った時や地震の時に土砂崩れが起きるので当時の住民達が懸命に木の苗を植えたそうだ。
植えた木の半数以上は枯れたらしく、その度に住民達は土を改良したり、木の種類を変えたりと試行錯誤したらしい。その甲斐あって今ではとても豊かな森となっている。
そう、虫や野生動物が多くいる山に……。
「アッー! ハチーー!! イヤァアアア! こっちくるぅうううう!!」
大きな蜂がぶんぶん飛ぶ中、急いで一本道の山道を登る。奏悟は近くに巣があるのかなと呑気に言いつつ、後をついて来ていた。簡単にしか整えられていない山道を登るのは相当体力を削る。足を上げることが辛く、全身から汗が噴き出て汗臭い。女子として終わっているがこの状況で汗を拭くことなんて出来ないし、蜂や蜘蛛がそこら中にいて、倒れた木の隙間からは蛇の頭が見えているのだ。
さっさと行って帰りたい。なんなら今すぐ帰りたい。
「頑張って、もう少し先に休憩地点があるから」
励ましてくる奏悟は汗一つかいていない。解せぬ。何故だ、妖だから疲れないのか。
「残念ながら妖関係なく、普段から身体を鍛えているかいないかの差なんだよなぁ」
「読まないでよ!」
抗議の声をあげると奏悟は苦笑した。
「読んでないって。君がわかりやすいだけだよ。ほら、そこのベンチに座って休もう」
指差す先には、少し開けた場所に石で出来た長椅子があった。背凭れは無く、ちょっと休憩する為の椅子だ。
奏悟は飛んでいた虫を追い払うと、ポケットからハンカチを取り出して椅子に敷いた。
「はい。どうぞ」
座るよう促す先はハンカチの上だ。
「紳士か…」
思わず出た言葉が聞こえたらしく、奏悟は意味深に笑うだけだった。私は疲れていたこともあり、遠慮なくハンカチの上に座った。
ふぅ。本当に疲れた。
木々の隙間から小さくなった民家の屋根が見える。随分と登ったものだ。
「あともう少しで頂上だよ。その前にお腹空いたでしょう? ここなら景色も良いし、他の登山者は居ないから食べよう」
奏悟は鞄から包みを取り出すとそれを広げた。こんがり焼き目のついたパンにレタスと目玉焼き、ウィンナーが挟まれていてマヨネーズがかけられている。朝食だったものを一つに纏めただけなのだろうが、すごく美味しそうだ。手渡されたそれにいただきますと言ってから齧り付く。
うん! 美味しい!
口いっぱいに詰め込んで食べていると、お茶の入った水筒も渡されて、今度はそれをぐびぐび飲む。
ふぃー、生き返るぅ……!
空腹が満たされたら疲れが少し和らいだ気がした。山の頂上付近だからか、吹く風は強く、流れていた汗が引いていく。
あぁ、気持ち良い。
しばらく二人でちょっと遅めの朝食をとりつつ、一息ついた。