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私が誰かわかりますか。


 平日の朝とは思えない長閑な時が流れる。ぼんやりと雲を眺めつつ、ぽつりぽつりと奏悟は口を開いた。

 「君は俺を見た時驚いたよね。まるで初めて会ったかの様な、それでいて前から俺の事を知っていた様な……そう、有名芸能人に会う様な反応をしていた」

 「え、えっと……」

 「誤魔化さなくていいよ。俺は相手の考えていることがわかる妖。いつもの杏香なら当たり前すぎて俺を見ても何も反応しないけど、何故、今日は当たり前の事に心が荒ぶったのかな」

 視線だけを私に寄越して、淡々と話す。私は居心地が悪くて肩を縮こませた。

 「俺と杏香は幼馴染でね。初めは体調が悪いのかと思ったけれど、どうも違うようだし。禁止と言われていたけど非常時だから君の心の中を読ませてもらったよ」

 「……ッ」

 「心を読めばそれで終わりだけれど、君の口から真実を聞きたい。杏香の姿をしている君は誰だ?」

 中身が違うと知られていた。

 抑揚のない問い掛けに私は息を詰まらせた。自身の脈打つ音を、血の気が引いていくのを感じる。私は唇を震わせながら開いた。

 「わ、私は、私もよくわからないんです。昨日いつも通り自分の家のベッドで寝たと思ったら、朝知らない部屋のベッドで寝ていて、鏡を見たら自分の顔じゃないし、何がなんだか」

 「……わかった。それじゃあ君の名前は? どこに住んでるの?」

 「私の名前は……名前は……」

 奏悟の何気なく訊いてきたことを答えようとして、私は初めて気付いた事実に更に血の気が引いた。

 私は、自分の名前が……。

 「わからない」

 「え?」

 「自分の名前が、わからない」

 愕然とした。

 きっと青褪めているであろう私の顔を見て奏悟は眉を顰めた。

 「……住所は? 家族とか。何か自分を示せるものを思い出せる?」

 「住所……家族……待って、何も思い出せない……」


 奏悟はまさか本当に覚えていないのかと、反射的に力を使って杏香の心の中を読もうとしたが、小刻みに震える手を見て思い直した。彼女の口から真実を聞きたいと言ったのは自分だ。

 約束を違えることは出来ない。

 しかし、これ程までに動揺している姿を見ると嘘は言っていないだろう。

 

 「杏香の姿になる前のことは思い出せる?」

 「それはなんとか。でも、部屋の様子とか、寝る前にしてたことぐらいしか思い出せない。思い出そうとすると霞懸かったみたいに何もわからなくなるの。学校に行ってたのは覚えてる。友人もいた。でも、詳しく思い出そうとしても全然思い出せない……!」

 「寝る前は何をしていたの?」

 「乙女ゲームの二次小説サイトを見てたのよ…そう、乙女ゲーム。この世界が物語の舞台となる……!」

 無意識に呟いた言葉に息を呑んだ。

 この世界がゲームの世界だというのはまずいのでは!?

 思わず奏悟の顔を見ると彼は微笑んでいた。が、その目は全く以って笑っていない。

 「詳しく訊く必要がありそうだね」

 言葉の裏で、逃がさない。洗い浚い吐いてもらうと言っている気がしたが、気のせいだと思いたい。うん、気のせいだ。再び手を握られてきたけど、きっと気のせいだよね、うん。あ、早くしろと目が訴えてきている。

 私は唾を飲み込んだ。

 大丈夫、この人に打ち明けても大丈夫。そんな思いが巡ってくる。ほら、大丈夫。握られた手はもう震えていない。

 「……信じられないかもしれないけど、この世界は乙女ゲームの世界なのよ」

 「乙女ゲームか……。若い女性層をターゲットに美形の男性達が複数出てきて疑似恋愛するゲームだね」

 「詳しいですね……?」

 「まぁ、色々ね。それで、この世界はその乙女ゲームの世界だと?」

 私は頷いて返した。

 「そうです。主人公は人間の女子高生。攻略対象となる男性は若い妖で、全員が浅緋学園の関係者……その攻略対象の中には貴方も入ってます」

 「なるほど。それで朝の時に俺の名前を叫んでいたんだね」

 「はい。でも、その」

 「いいよ。気にしないで続けて?」

 「……私の知るゲームだと、貴方の、佐藤奏悟の幼馴染は津雲一成だけでした。如月杏香という子はゲームには出てこなかった」

 その言葉に奏悟は薄く目を細めた。

 「確かに、一成とも幼馴染だ。俺と杏香と一成は幼い頃から一緒だったんだよ。ゲームだからと、全てがその通りとは限らない」

 「……」

 「正直、この世界がゲームだとか言われるのは不愉快だし、信じられないけれど、あり得ないことが起きるのがこの世の……妖の世の常だ」

 「す、すみません」

 「いや、君を責めるつもりはないんだよ。君はどちらかといえば被害者側だ」

 「え?」

 どういうことだと首を傾げていると奏悟が神妙な顔つきで言った。

 「おそらく何者か。妖によって此方の世界に呼び寄せられた可能性がある。自分のことは覚えていないのに俺達、妖のことを覚えているのも、その妖が関わっているからかもしれない」

 そんなことが本当にと、ぼんやりと聞いていたら、遠くからバスが走ってくる。

 ゆっくりとバス停前で停まると奏悟は私の手を引いて立ち上がった。

 「それを確かめる為にも……山に登ろうか」

 とびきりの笑顔で無慈悲なことを言う彼は鬼だと思う。

 「鬼じゃなくて覚だけどね」

 「心の中、読まないでくださいよ!」

 

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