他クラスなら交流少ないよね?
「杏香さんはこのお屋敷のことをご存知でしたか?」
「……いいえ」
そう答えると灰藤さんは一つ頷いた。
「アルバイトとはいえ、働く場所のことを知らずにいるのはいけませんからね。少し説明しましょう。……白銀家は古くから続く商家で時には海外の王族を相手に商売をしたこともありました。その儲けたお金の多くは他の事業に回し、より多くの富を産みました。現在では大旦那様の意向により旦那様は事業から手を引き、休養という名目で情勢を見極めていますが、奥様はアパレル関係の社長として日々忙しく過ごされています。大旦那様と旦那様、奥様もあまりお屋敷にいませんが、お見掛けしたらきちんとご挨拶するように」
「はい」
「それと御子息である陸様がいらっしゃいますが、基本的に自室から出られることはありません。貴女が部屋に入ることもないので会うことはないでしょうが、もしお会いしたら粗相のないようにお願いしますね」
「はい……」
勤め先の同級生は白銀陸というらしい。りく、という名前に思わずどきりとするが相手は男性だから、きっと関係ないだろう。それにどうやら籠っているらしく、私と会う確率は低そうだ。白銀という名も聞いたことないから他クラスの子だろう。
……つまり、私が馬鹿にされる可能性が低くなったということだね?
よしよし、これなら頑張れそうだと気合を入れ直す。
灰藤さんに連れて来られたのは長い廊下だ。
「まずはこの廊下を掃いてください。それが終わったら雑巾で水拭きを。この廊下が終わったら先程通ってきた廊下を順に同じように掃除してくださいね」
「はい」
「頑張ってくださいね。皆、貴女の家の事情は知っています。何か困った事があれば言いなさい」
肩をポンと叩いて灰藤さんは去っていく。私はその姿を眺めた後、慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
灰藤さんは淡々と話すし、表情も変わらないので冷たい人なのかと思っていたが、普通に良い人だった。
仕事のやり方や周りの説明も欠かさない仕事の出来る人だ。私も将来は仕事の出来る女の人になりたい。
そんなことをぼんやりと思いつつ、私は箒で掃き始めた。
掃除は特に難しくなく、すぐに終わった。今日が初日ということで掃除が終わった後は入ってはいけない部屋等を教えてもらった。
「はい、お疲れ様でした。これが今日のお給料ですよ」
私服に着替えて荷物を纏めていると灰藤さんから茶封筒を渡された。
チャリチャリと音が鳴るその中身は紛う事なきお金だ。
「いいんですか」
まさか給料が出ると思わなかったので思わず訊いてしまう。驚いた私が面白かったのか、灰藤さんは微かに笑った。
「いいのですよ。貴女は働きましたからね。これはその対価です」