翁の語り。
「お主の父……仁義と会ったのは彼奴が人で言う成人を迎えた頃じゃ。
元はこの町より離れた村に住んでいたのだが、そこの習わしが嫌で頼る身もなく飛び出したらしい。
幾つかの町を転々としながらここに辿り着いたんじゃ。本当はこの町も暫く滞在して出ていくつもりだったらしい。
しかし、ある雨の降る日、ずぶ濡れの仁義に風邪をひくからと傘を差し出した女性がいてな。当人にしてみれば些細な、何の感情もない行為だったろうが、仁義にとっては大きな出来事だった。
そう、恋に落ちたのじゃ。お主の母にな。
そこからの仁義は必死にアピールしたさ。時にはわしに助言を求めて来たりした。まぁ、わしに恋愛の指南は出来ぬから追い返すことが殆どだったが。
断っても諦めず、積極的にくる仁義に、お主の母は徐々に心を許したのだろう。
同族である妖の知り合いすらいないこの町で、なんとか恋を成就させることが出来た仁義は、そのままその女性と結婚したのじゃ。
そう、己が何者であるのかを知らさぬまま。
過去に人と妖が契りを結ぶことはあるにはあった。しかし、長く続かない夫婦が多かった。容姿、寿命、己にはない未知の能力。
人にとってこの差は、妖が思う程、小さくなかった。
予め、己とは違う生き物だとわかっていても、同じ空間で過ごしていくうちに違和感を覚える。初めは些細なことから、次第にそれは大きくなり、やがて恐怖と嫌悪を生む。そうして堪えられなくなり、離縁する。
まともに話し合えれば良い方じゃ。中には気が狂い、殺そうとする者もいた。
正体をわかっていてもそんなことになるのじゃ。知らずに結婚して、後に真実を知ればより酷くなるのは目に見えている。
わしは忠告した。己が何者であるかを言わないと、後悔する時がくるぞと。しかし、彼奴は渋った。いや、怖がっていたんじゃ。
真実を言えば、せっかく手にした幸せが逃げてしまうと。どうなるかわかっていて、仁義は言わないことを選んだ。
わしは否定も肯定もしなかった。彼奴が自ら選んだのであれば、わしは何も言うまいと。
その後、問題もなく結婚生活を過ごしていた仁義は、再びわしのもとへ来たのじゃ。今度は彼女との間に子を儲けたいと言った。
お主等は人と妖がどうやって交わるか知っているかの。おお、すまん、すまん。思春期にその話題は駄目だったか。はっはっはっ……うむ、冗談はさておき。
まず人と妖が交わったところで子は出来ぬ。幾ら人の形をしていても子は生せぬ。種が違うからの。では、何故、人の母、妖の父を持つお主が生まれることが出来たのか。それは宝珠の力による」