一成の権利。
靴を脱いで入った部屋はこの前に来た時と同じ部屋だった。すでに座布団やお茶が出されていて、翁が寛いでいる。
「挨拶はよいよい。座って茶菓子でも食べてお行き」
お茶を啜りながら、翁が勧めてくる。私達はお礼を言ってそれぞれ座った。
お茶を飲み、暫くすると翁が口を開いた。
「今時の子は勉学に励むのであったな。どうじゃ、柚月の娘よ。学校は楽しいかの?」
急に振られて私は慌てて湯呑みを置いた。
「あっ、はい。なんとかついていけてます」
「うむうむ。その調子で頑張りなさい。覚の坊、困ったことがあればお主が助けるのじゃぞ」
「はい」
「一つ目の坊、お主も勉強を頑張っているかの?」
「勿論です、翁」
流石に翁相手だと一成も敬語を使うようだ。
家での態度は何だったのかと言いたくなる綺麗な姿勢で受け答えをしていた。私達の返答に満足したらしい翁は良き良きと笑っている。
「して、今日は何用で来たのかの」
その言葉に私は待ってましたと勢いよく手を上げた。
「一成の父親が今どこにいるのか知りたいのですが、何か知っていませんか!」
数拍程、翁の動きが止まった後、何事もなく湯呑みの中身を啜った。
「一つ目の行方か……知ってどうする」
「一成の養育費を払ってもらいます」
視線を逸らさずに答えると、翁は声を上げて笑った。突然のことに私達は驚いて顔を見合わせる。
一頻り笑った後、翁は膝を叩いた。
「あの小心者から金を貰うか。ああ、坊よ、すまぬな。お主の父を悪く言ってしまった。しかし、見つけたとて簡単に事がいくと思わんことだ」
「俺の父親のことを知っているのですか」
一成が尋ねると翁は頷いた。
「知っているぞ。ここに来るのは皆、何かしら悩みを抱えた者達だ。お主の父もそのうちの一人だった。お主の母のことで相談されたこともある」
「……そうですか」
一成は自分の知らない父親の過去を知り、複雑そうに眉を顰める。翁はそれまで笑っていた表情を消した。
「お主の知らぬ父の一面をわしは知っている。それは時に子であるお主にとっては受け入れ難いことかも知れぬ。それでも聞くか」
それは一成の覚悟を問うものだった。
大丈夫かと思わず一成を見ると、彼は真剣な眼差しで翁を見ていた。
「聞きます。今までは仕方のないことだと、母に尋ねることなく諦めていましたが、チャンスがあるのなら俺は知りたいです。……知る権利が俺にはある」
「然り。ならば、話そう。わしの知る限りのことを」
足を崩して楽にして聞きなさいと促した翁が、ゆっくりと語り出した。