わんわんはやーい!
財布を鞄に入れて、三人でバス停まで歩いて向かう。
途中、奏悟が一成に運賃を代わりに支払うからねと言って、一成から強力なパンチを受けていた。奏悟なりの優しさなのだろうが、思春期真っ盛りの一成は素直に受け取れなかったようだ。
その後、何事もなく山の入口まで行くと、白い影が草むらから飛び出してきた。
「あっ!」
ハッハッと息する白いそれはこの間の犬達だ。
「うぅ……わぅん!」
二匹いるうちの一匹が私のもとへ駆け寄ってくる。きゅるんと見上げる仕草にハートを撃ち抜かれる。この懐き具合は、私が乗った時の犬と同じ犬だろう。
「『ずっと待っていたのに、来るのが遅いよ』だってさ」
犬語通訳の奏悟が苦笑混じりに訳してくれた。私の足元でお座りしている犬は同意するように、わっふわっふと鳴いている。
「ごめんねぇ。学校があったから行けなかったんだよ」
許して〜と頭を撫で回したら、犬は満更でもなさそうな顔で仕方ないなと溜息混じりの鳴き声で許してくれた。
感情豊かな子で大変わかりやすい。
「送り犬が誰かに懐くなんて珍しいな」
私達のやりとりを見ていた一成は驚いた様子で、私に近付くと側にいた犬に手を差し出した。拳一個分の離れた距離から手を差し出したが、犬は一瞥するだけで近付こうとはしなかった。
一成が反対の手で犬の背を撫でようとすれば、犬はすぐさま嫌がって離れてしまった。
「……杏香にだけ、懐いているんだな」
どこか寂しげに言う一成はもしかしたら犬と触れ合いたかったのかもしれない。
しかし、無理やり犬を近付けさせる訳にいかないから、こればかりは仕方ない。彼自身の力で仲良くなってもらうしかない。
「その子は杏香が好きだよね。何か感じるものがあるんじゃないかな」
奏悟がもう一匹の犬を呼び、その大きな背に飛び乗る。
「ほら、一成、しょげてないで俺と一緒に行くよ。杏香はその子に乗って来てね」
「俺はしょげてねぇ!」
「わかったわかった。ほら、しっかり掴まって」
なんだかんだ言いつつ、大人しく犬の背に乗った一成を後ろから奏悟が支える。
くっつくな気色悪いと暴言を吐く一成を宥めつつ、奏悟は笑顔で乗っている犬の背を撫でるとその子に注文を出した。
「君の無理のない程度で、最速で、翁のもとまで頼むよ。うんうん、そうだね。日頃、素直になれない文句ばかり言う悪い子には少し黙っててもらおうね」
「え?」
「じゃ、よろしく」
戸惑う一成を放置して、奏悟がよろしくと言った瞬間には彼等を乗せた犬の姿はなかった。残像すらなかった。
風の駆け抜けるような音が徐々に遠くなって消えていく。
果たして一成は無事なのだろうか。私ともう一匹の犬が茫然と見送った後、自然と視線が合う。
「えーと……私達は早くなくていいからね。安全に、ゆっくり行こうね?」
「うわぁふ」
返事をしてくれたけど、了承してくれたかはわからない。