覚と、
奏悟が杏香とわかれて自宅へと帰る途中、一人の少年が彼の行く道を塞いだ。歩みを止めて、奏悟は少年が誰か確認する。
黒のジャージ姿でサンダルを履き、シンプルな柄のナップサックを肩に掛けている。袖や裾から出ている手足は細く、長い前髪で左目を隠した少年は睨み付けるように奏悟を見た。
「……一成」
その少年は奏悟と幼馴染みの津雲一成であった。一成は眉を寄せて不機嫌そうに口を開いた。
「奏悟、今日お前の家泊めさせてくれ」
凡そ頼む態度でないが、彼は奏悟に対して普段からこんな態度なので気にしない。しかし周囲の人は、聡明な、あるいは大人しい少年というのが、彼に対する評価だ。勿論、素顔を知る奏悟はそんな評価はしない。
唐突な頼みだが、これはいつものことなので奏悟はすぐに了承した。
「いいよ。母さんが今日の晩ご飯はハンバーグだって言っていたから、今ならまだ一成の分も作ってもらえるよ。良かったね」
自身の胸元の高さにある小さな頭をよしよしと撫でる。一成はその手を払って睨め上げた。
「子供扱いするなって言ってんだろ」
「子供でしょう」
何言っているのと首を傾げて、奏悟は手を差し出した。
「……一応訊くがその手はなんだ」
「手を繋いで帰るでしょう?」
「繋ぐわけねぇだろ!」
くわっと一成が吠える。奏悟は肩を竦めて前へと歩いた。
「今年で十四歳だっけ? 一成も難しい年頃になったね」
「お前限定でな」
一成はぶつぶつと文句を言いながらも後ろを離れずついて来る。反抗的な態度をとっておきながら、真面目に奏悟の揶揄いにも反応するのだから面白い。そんなことを本人に言えば金輪際口をきかないと言われてしまうので黙っておくが。
奏悟は肩越しに一成を一瞥して話題を変えて振ってみた。
「今日は和枝さんはいないのかい?」
「……婆ちゃんは検査入院だ」
「どこか、体調が悪いのか」
「俺が知らねぇだけで、そうなのかもな。婆ちゃん、病院のこととか、母さん達のこととか一切話さねぇから」
しゅんとする一成に、しまった選択を間違えたかと頬を掻く。どうしたものかと夕空を仰ぎつつ、結局、良い言葉をかけられずに自宅へと着いた。
奏悟の家は平屋で、立派な門がある。玄関までの道の脇に木々が植えられて、その隙間から見える奥には小さな庭がある。
いつ来ても立派な屋敷。自分の家とは真逆だなと一成は冷めた目で見た。
奏悟に対する嫉妬はない。羨んだところで現状は変わらないし、過去は戻らないのだと無意識に言い聞かせた。
引き戸を開けて二人は帰宅する。
「ただいまー」
「……お邪魔します」
長い廊下を渡って部屋に入ると奏悟の母親がいた。
「おかえり……って、あらぁ! 一成ちゃん来てたの!」
「こんにちは、お邪魔してます」
「はい、こんにちは。なぁに? 泊まり? いいわよいいわよ、好きなだけ泊まって行きなさい。和枝さんは、まぁ、入院? 必要な物があれば遠慮なく言いなさいね。今日は一成ちゃんの好きなハンバーグよ! 奏悟の分まで食べるといいわ!」