夕暮れに見る二人の笑顔。
「え」
唐突な問いに思わず聞き返すと、今度はゆっくりと返ってくる。
「異性として、好き?」
何か見定めるような視線に少し居心地が悪くなる。奏悟の求める答えなんて私にわかるはずもなく、素直に答えることにした。
「格好いいとは思うけど……異性としては別に好きでも嫌いでもないかな。なんだろう、憧れの芸能人に対する好き、みたいな感じ」
「そう。ならいいけれど。隙を見せたらダメだよ」
「隙って……」
先生と別れてからなんだか奏悟の纏う空気がピリついている。戸惑う私を見て奏悟は眉間に皺を寄せると、一気に私との距離を縮めた。
「だから……こんな風に、無防備になること」
奏悟が私の腰を抱えて引き寄せる。
「気を付けてね、杏香」
グッと近くなった距離から囁かれて、私はいよいよ赤面を隠しきれなくなった。口を戦慄かせて、せめてもの抵抗で彼の胸板を押し返す。
「身体的接触禁止って言ったのにー!」
「今は誰もいないよ」
羞恥で叫べば、奏悟はカラカラと笑って身体を離した。
その後、奏悟に対する恨みつらみをぶつぶつ言いながら、彼とわかれて帰宅すると、丁度、柚月さんがいた。
「おかえりなさい」
「ただいま……です」
疲れているのか、気怠げな柚月さんがなんだか色っぽく感じる。窓から差し込む夕陽が彼女の睫毛に影を落として、更に儚げな雰囲気を醸し出していた。
帳簿をつけているようで、机にレシートが何枚も広がっていた。それを見ながら、私は躊躇いつつも話しかけた。
「あ、あの」
「なぁに?」
柚月さんは手を止めることなく、続きを促す。
「朝ご飯は、自分で作ります」
そう言うと、柚月さんは手を止めて顔をあげた。一拍の静寂の後、彼女が首を傾げながら言う。
「いいのよ、お弁当だってあるし」
その言葉に、私はしまったと息を呑んだ。すっかりお弁当の存在を忘れていたのだ。
「お弁当も買います! ああ、でもお金が足りなくなる……いっそバイトを始めようかな」
「確かバイトは禁止だったはずよ」
「えっ」
お金を稼ぐにはどうしたらいいかと考えていれば、非情な答えが返ってくる。ショックを受けている私を他所に、柚月さんは笑っていた。
「ふふ、大丈夫よ。無理しなくて」
「いいえ! このまま柚月さんが無理して倒れでもしたら」
「お母さん」
「え」
どうするんですかと言おうとしたら、柚月さんが急に遮ってきた。え? と、再び聞き返すと、柚月さんは怖い顔をして言った。
「お母さんと呼びなさい」
「お、お母さん……」
言う通りに呼ぶと、満足したようでにっこりと笑った。
「それでいいのよ。お弁当も気にすることはないのよ……と、言っても無理よね。いいわ、なんとかしてみるわ。それじゃあ、朝ご飯は頼むわね」
そう言うと再び帳簿に向き直る。
そういえば、柚月さんからお母さんと呼ぶように言われていたなと思い出した。これからは積極的に呼ぼうかな。
「今日は一緒にご飯を食べましょう」
ふふっと笑う柚月さんに、私も笑って返した。
「うん、お母さん」