突然の邂逅。
一番下の階まで降りた先の教室には家庭科室と書かれている。
「基本は教室での授業だけど、たまにこっちでの授業もあるから」
「オッケー」
窓から見えた教室内にはミシンが置いてある。服とか縫うのかなと考えつつ、奏悟の後ろをついていく。外に出て壁沿いに歩いて行くと反対側の教室へと出る。窓からはガスコンロがいくつも見えた。
「それでここが調理室ね」
誰も居ない一階は薄暗く、なんだか心細い。置いていかれないように足早に歩いて、壁のない屋根と柱だけの外廊下を渡って戻った。
「大体は行ったかな。わからない場所があればまた教えるよ」
「ありがとう」
教室の前を通ると女子達の笑い合う声が聞こえてくる。あのクラスの男子と女子が付き合っているだとか、あそこの化粧品が良かったとか、随分と話に花を咲かせている。彼女達の話を聞いて、確かにすれ違う女子の中に薄らと化粧をしている子もいたなと思い出した。
「……もしや、校則緩い?」
思ったことを口に出せば、奏悟はうーんと唸った。
「そんなことはないけれど……隠れて色々やってる子はいるから。化粧とか、厳しい先生もいれば、若い女性の先生だと見逃してくれることもあるし。余りにも濃いと注意されるけどね。先生によるかな」
「そっか」
そういえばゲームのヒロインはスカート丈が短いと李紅に注意されていた。自分も注意されないように気を付けようと、歩きながらスカート丈を確認する。
それがいけなかった。
前方不注意で、教室から丁度出てきた誰かとぶつかってしまった。強い衝撃に軽く跳ね返り、たたらを踏む。
「おっと」
「杏香!」
低い声と奏悟の声が同時に聞こえた。腰を強く引き寄せられる感覚がして、慌てて見ると眼鏡をかけたスーツ姿の男性が私を支えていた。
「はっ、きょっ……!」
口から出掛かった言葉を呑み込む。
危ない、彼の名前を叫ぶところだった。
浜浦恭介。
彼もまた教師枠での攻略対象キャラで、プレイヤー達から親しみを込められて恭ちゃん先生と呼ばれている。
突然のことで動きの止まった私を見て、奏悟が柔かに、先生と声をかけた。
「いつまで女子の腰に手を当ててるんですか。セクハラで訴えられますよ」
セクハラという言葉で先生がパッと手を上げる。
「すみません、怪我はありませんか」
「あ、はい」
低い、心地の良い声が側で聞こえて、今にも昇天しそうである。恐るべし、恭ちゃん先生。
「私も前を見ていませんでしたね。お互い気を付けましょうね」
「はい……」
そう言うと持っていた教材を抱え直して、先生は颯爽と立ち去っていった。見送ることしか出来ず、棒立ちになった私を奏悟が揺さ振る。
「ほら、帰るよ」
「あ……うん」
奏悟の後に続いて、お互い喋ることなく校舎から出る。しばらく風景を眺めながら歩いていると、前を歩く奏悟が振り返ってきた。
「杏香は浜浦先生のことが好き?」