お姉さんは柚月さん!
佐藤奏悟は覚という妖で、相手の考えていることがわかってしまうのだ。これは非常に厄介である。彼の対応からわかったが、どうにも杏香と奏悟は親しい関係のようだ。この先、隠して生活するには厳しいだろう。
……むむ、彼は杏香の中身が知らない人だと知って攻撃してくるだろうか。いや、してくるだろう。でもこのまま黙っているのにも厳しいしなぁ。でもでも、彼が仲間になってくれたら、もしかしたら元に戻る方法がわかるかもしれないし……。
「杏香? 遅いけど大丈夫? 体調悪い?」
「ヒッ」
悶々としていたら後ろから声をかけられて、吃驚して飛び跳ねてしまった。逸る心臓を宥めつつ、振り返るとそこに居たのは件の彼であった。
「えーと、えっと……」
琥珀の瞳が見詰めてくる。私の頭は再びパニック状態になってしまった。
「……」
奏悟の視線はずっと注がれる。
本当のことを言うか!? いや、まだ様子を見るべきか!?
本来なら平常心を保ち、悟らせないようにするべきなのだが、イケメンに後ろから覗き込まれて冷静でいられる人なんている!? しかも相手の考えていることがわかる妖よ!? て、ハッ!
私は気付いてしまった。
今までの考えていたことは覚である彼にバレてしまっている……!
恐る恐る彼に視線を遣るとにっこりと良い笑顔でこちらを見ていた。
「どうやら込み入った事情があるみたいだね?」
「あ、はい……」
おかしいな。笑顔のはずなのに全然笑っているように見えないや。
私は奏悟に手を引かれ、リビングへと戻った。お姉さんは朝のニュース番組を見ていたようで、入ってきた私達に気付いて視線を向けた。
「やっと来た。朝ご飯用意したから食べちゃいなさい」
テレビを見るのをやめてお姉さんはお茶を注いでいく。奏悟はそんなお姉さんに待ったをかけた。
「柚月さん、今日は俺と杏香、学校を休もうと思います」
柚月。
そうか、お姉さんは柚月という名前なのか。
ふんふんと大人しく聞いていると、奏悟がとんでもないことを言う。
え、学校休むの? いや、何もわからない状態で行っても困るから休んだ方が嬉しいんだけど。
柚月さんはといえば怪訝そうに眉を顰めていた。
「まさか、デートとかじゃないわよね?」
「違いますよ。翁のもとへ行きます」
その言葉に柚月さんは一層眉間の皺が深くなった。
「あの耄碌ジジイのとこに行くのかい」
柚月さんの態度が急に変わって、思わず二度見してしまった。奏悟の言う翁という人は嫌な人なのだろうか。びくびくする私を他所に、二人は話を進めていく。
「事が落ち着いたら話します。日暮れまでには帰りますから」
「……ちょっと待って。朝食を包んであげるから、行く途中で食べなさい」
「ありがとうございます」
「まったく…学校に連絡しとくからね。明日はちゃんと出るんだよ」
「はい」
テキパキと朝食のパンを包み、奏悟に促されるまま玄関で靴を履き、先に外に出る。暫くするとリュックを背負った奏悟が出てくる。玄関に柚月さんがいるのだろう。奏悟は扉が閉まる前に行ってきますと言っていた。
しまった。私も行ってきますと言うタイミングを逃してしまった。
あわあわしている私に気付いた奏悟は軽く笑むと閉まりかけていた扉を開けてくれた。
「ほら、君も言いなよ」
「!」
どうやら気付かれていたようだ。
私は扉の陰から顔を出す。柚月さんは私の姿に気付くとにっこりと笑った。
「……いってきます!」
「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」
小さく手を振って、扉が静かに閉まる。二人きりになると、奏悟が手を握ってきて、思わず変な声が出てしまった。
「ごめん、ごめん。迷子になったら困るから。それじゃ行こうか」
そう言って何事も無かったかのように歩き始める。
私はただ付いて行くしかなかった。