奏悟の後悔。
別棟に繋がる渡り廊下を超えると生徒の姿は見えなくなった。
「その右側の教室で食べようか」
廊下の突当たりには左右にわかれて教室がある。言われるがまま右の教室の扉を開けると一人用の机と椅子が幾つも並んでいた。
「ここは別教科でわかれた時に使われる予備の教室だよ」
そう言うと奏悟は椅子に座った。
大丈夫、頬の熱は治った。奏悟の顔を見ても問題ない、よし。私も奏悟の前の席に着き、弁当を広げた。
「いただきます」
「……いただきます」
柚月さんの作ってくれたお弁当は彩り豊かでとても美味しい。暫く食べていると奏悟がぽつりと呟いた。
「……何故、杏香が俺を嫌っているのか見当はついてたんだ。ただ、俺にとって彼女達は至極どうでもいい存在で、杏香のことを気に入らなくても攻撃してくることがなかったから放置してた。その対応が不味かったと気付いたのは、杏香の俺嫌いが本格的になってからだった。これでも後悔してるんだよ」
奏悟は視線を下にして、私を見ようとはしなかった。
私は口の中のご飯を飲み込んでから疑問を口にした。
「わかってたのなら、杏香……彼女が望むように距離を取ればよかったんじゃないの?」
「今思えばその通りだけどね……彼女達の心の中はね、秘密がバレることを恐れているんだ。それは一つの事柄ではなく複数。もし杏香を虐めて傷付けたのなら、隠したい秘密が増えるだろう? 彼女達もそれは避けたがっているようだから手は出さないと考えてそこまで問題視してなかった……いや、言い訳にしか過ぎないな」
しゅんとする奏悟は本当に後悔しているようだ。彼は徐ろに手に力をこめると視線を上げた。
バチッと二人の視線がぶつかる。
「今度は間違えない。君を守る為にも君に仇なす者は近付けないようにする」
「いやぁ、出来れば平穏な学校生活を送りたいんですが……」
元に戻った時の杏香のことを考えても何事もなく平凡に過ごしたいのが本音だ。
しかし、ようやく奏悟が周りの人間関係に意識を向けるようになったのだから、しばらくは様子見でいよう。これから徐々に女子の嫉妬心から解放されるようになれば御の字だ。
そんな私の考えを他所に奏悟はドヤ顔で言い放った。
「大丈夫、少なくとも俺に好意を寄せる奴からの攻撃はさせないから」
だからそれ大丈夫じゃないやつだって! さっきの猛者達に何したの!
明らかに平穏が離れていくのを感じながら、私は青筋を立てた。
「目立つようなことはことはやめてよね!」
今後の学校生活の為にも穏便にいってほしい。
「バレないようにってことだね。まかせて!」
今日一の笑顔で親指を立てる奏悟に私は深い溜息を吐いた。
果たしてこの願いは叶うのだろうか。