お風呂はほっとするね。
奏悟の鞄はなんと洗面所のゴミ箱の裏にあった。あっても不思議ではないけど、何故にゴミ箱の裏なんだ。
私は首を傾げつつ、それでもあったのだからまあいいかと玄関へと戻った。玄関に行くと私の存在に気付いた奏悟がありがとうとお礼を言う。
「また明日、朝に迎えに来るから」
「うん、今日はありがとう」
「気を付けて帰ってね。聡美と駿輔さんによろしく言っといてちょうだい」
「はい。それじゃあ、お邪魔しました」
軽く手を振り合ってドアがぱたりと閉じた。
奏悟が帰り、柚月と二人きりとなる。些かの緊張が走るのは仕方ないと自分に言い聞かせていると柚月さんが振り返った。
「さ、お風呂入って、今日はもう休みましょうか」
「はい」
「……徐々に慣れていけばいいわ」
緊張した私を見て柚月さんは困ったように微笑んだ。
しまった、気を使わせてしまったか。
しょんぼりしつつ、下着のある場所やバスタオルの置いてある場所を教えてもらってお風呂に入る。
服を脱いで見た美少女の身体は贅肉もなく、程良いお胸で大変に綺麗でしたありがとうございます。
しかし、この体型を維持しなければいけないのかと思うと若干の苦痛を感じてしまう。だが仕方ない。もし本当の杏香がこの身体に戻った時、ぷよぷよのおデブちゃんだったら絶望ものだ。
彼女の為にも体型維持は頑張ろう。そう心に決めて身体を洗っていく。
「…………」
しかし、今日は本当に疲れた。まさか乙女ゲームの中に自分がいるなんて。
何故こんなことになってしまったのだろう。……いや、考え出したら悪いことまで考えてしまう。
気持ちを切り替えよう。奏悟も言っていたではないか、この世界を楽しんでみるのもありだよと。
そこでふと私は思い出した。
よくあるトリップものや転生ものの恋愛系は、主人公最強やヒロインに転生したけど攻略対象以外の異性と恋人になったり、悪役令嬢が実は滅茶苦茶良い子だったり。そんな話があったなと、どうせなら私の家族のこととかもっと重要なことを思い出して欲しかったが仕方ない。
湯船に浸かって、私はこの世界のことをぼんやりと考えた。
現代の学園恋愛だが、このゲームにも所謂悪役令嬢という存在はいる。それが氷華李紅という生徒会会長だ。お金持ちで成績優秀、運動神経抜群、その辺の大人よりも色っぽい超絶美女だ。
彼女はゲーム内ではよくヒロインを注意する人物として登場した。しかも彼女は奏悟の恋人でもある。
物理的にも精神的にも徐々に距離を縮めていく奏悟とヒロインを、陰から底冷えするような視線で見ていた描写を思い出した。