佐藤さん家の奏悟くん。
時間をかけるとまた呼びに戻ってくるかもしれないから五分程で終わらせた。そしてわかったことは、この身体の持ち主は如月杏香という今日十六歳の誕生日を迎える女子高生だった。しかも、見覚えのある制服だなと思っていたら、見覚えありました。
私がハマっている乙女ゲーム『射干玉奇譚〜宵の乙女や照らせや照らせ〜』に出てくるヒロインの着る学生服ですよ、これ。まったく、どういうことだってばよ。これが所謂憑依トリップというやつですか。ゲームに如月杏香というキャラは出てこなかったからきっとモブなんだろうなぁ。どうせならヒロインに……と思ったけど、小心者の私はモブで充分でしたわ。影から見てるだけで満腹ですわ。
「杏香! 早くしなさい!」
しまった。時間をかけ過ぎた。
慣れない制服に四苦八苦しつつ着替えて、必要そうなノートや筆記用具を鞄に詰め込んで部屋を飛び出す。細い廊下の先は階段があり、そこから話し声が聞こえる。
さっきのお姉さんと、男性の声だ。私は慌てて階段を降りた。
「ごめんねー奏悟くん。あの子ったら何やってるのかしら」
「いえ、俺が早く来すぎてしまったので……寧ろすいません」
「いいのよー。奏悟くんにはいつもお世話になってるんだから謝らなくて。朝ご飯食べていくでしょう?」
階段を降りた先、続く廊下を通ってリビングらしき場所に出ると、お姉さんと学生服を着た男の子が飲み物を飲みながら談笑していた。
あ、見たことある。
この人は佐藤奏悟だ!
彼を一眼見た瞬間にそう理解した。物静かな雰囲気を纏い、私の着ている制服と同じ色合いの学生服に、見透かされるような琥珀の瞳。やや冷たい印象の彼だが、一度自身の懐に入れた者にはとことん甘くなる性格の人である。
お姉さんも美人だが、彼も負けず劣らずの美青年である。当然だ。なんたってここは乙女ゲーム。彼は攻略キャラの一人なのだから。
そう考えると、ああ、ここは私が生きていた世界と違うのだなと実感した。
ぼんやりとしている私を見て奏悟が立ち上がり近付いてくる。目の前に立った彼はふと口元を緩ませると優しい手つきで私の頭を撫でた。
「寝癖、ついてるよ」
低い声がなんとも心地良い。されるがまま、イケメンの頭撫で撫で攻撃をぼけっと受け入れていた私は慌てて離れた。
「な、直してきます!」
洗面所が何処かもわからぬまま、リビングを飛び出す。熱くなる頬を押さえながら、私は必死で洗面所を探した。
あんなの反則でしょう!