驚きと安堵。
興奮して最後に変な事を口走ったような気もするが自分の思いの丈は伝えることが出来たはずだ。
しばらく柚月さんは黙っていたが、やがて深い溜息を吐いて額に手を当てた。やはり信じてもらえなかっただろうか。それとも娘を返せと言われるのだろうか。
戦々恐々とした面持ちで反応を待つ。柚月さんは見定めるように私を見てきた。
「今の杏香は杏香ではないと?」
「はい」
「隣の奏悟くんを見てどう思う?」
「えっ?」
脈絡のない質問に思わず聞き返してしまった。どういう意味だと困惑していると柚月さんは真剣な表情で、容姿についてどう思うと補足してくれた。
果たしてこの質問に何か意味があるのだろうか。いや、きっと彼女にしかわからない意味があるのだろう。
「格好良いと思います」
思ったことを正直に答えると柚月さんは落ち込んだような嬉しいような複雑な表情をした。一体なんだというのだろう。
「実は杏香はね、俺のこと嫌ってたんだよ」
「えっ!?」
疑問符を飛ばしていた私に奏悟が説明してくれた。
「嫌い始めたのは中学入って少し経ってからだけどね。会うたびに嫌そうな顔してたよね〜」
笑って言うことではないと思うが、彼にとっては既に当たり前のことになっているのだろう。
「そうよねぇ……あの子が素直に奏悟くんのこと褒める訳ないものねぇ……」
柚月さんもうんうんと頷いている。まさかこんな方法で確かめられるとは思わなかった。
えぇ……と一人置いてけぼりを食らっていると柚月さんが立ち上がった。
「いいわ。信じましょう。元に戻るようだし、それまでは貴女も私の娘よ! お母さんと呼びなさい!」
テーブル越しに腕を伸ばしてわっしゃわっしゃと頭を撫でられる。隣では良かったねと奏悟が笑っていた。
「これで杏香も家族の一員だね」
「あら、貴女名前は無いの?」
説明しにくいことをさらりと訊いてきて思わず言葉を詰まらせる。
「えと……はい」
俯きつつ答えると事情があると察したらしい。
「人生の先輩から一つ教えてあげるわ。言いたくないことがある時ははぐらかしなさい。無理に答えても、黙ってやり過ごしても得しないわ」
そう言って口の端を上げて笑う。大人の色香を感じながら私は頷いた。
「詳しいことも話したくなったら話せばいいわ。さっ、ご飯にしましょう」
柚月さんは台所に行き鍋に火をかける。気持ちの切り替えが上手な人なんだなとぼんやりとその姿を見詰める。
奏悟が改めて大丈夫だったでしょうと小声で言ってきたので、私は無言で頷き返した。