貴女の娘。
靴を脱いでリビングへと入ると柚月さんが待っていた。
テーブルには何も入っていないお皿が三枚とスプーンが同じ数並べられている。スパイシーな香りが漂い、すぐにカレーの匂いだと気付いた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
「すみません。思いの外、時間がかかりました」
「まぁいいわ。温め直すから座ってて。ご飯にしましょ」
台所へと向かう彼女に私は慌てて止めた。
「待ってください!」
怪訝そうに柚月さんが振り返る。私の行動が予想外だったのか奏悟も目を瞬かせていた。
「先に話したいことがあります……!」
「……わかったわ。座って聞きましょう」
柚月さんは一つ頷くと貴方達も座りなさいと勧めてきた。三人が席につき一瞬の静寂が訪れる。
いざ言おうとするとどうしても言葉が詰まって出て来なかった。あれだけ意気込んで話があると言ったのに情け無い。けれども、やはり怖いと思ってしまうのだ。
杏香と柚月さんが親子と知り、尚更真実を告げることが重たく感じる。奏悟は大丈夫と言ったが、もし彼女が自分の娘を返せと言ってきたら、きっと私は何も出来ずに謝ることすら出来ないだろう。
押し黙る私を見兼ねてか奏悟が助け舟を出してくれた。
「柚月さん、大丈夫ですよ。杏香も、俺がいるから」
ふと目を細めて笑う奏悟を見て、詰まっていた息が自然と吐き出される。柚月さんもどこか安堵した表情をしているから彼女も緊張していたのだろう。奏悟はテーブルの下からそっと私の手を握った後、とんとんと軽く叩く。大丈夫だから話しなよと言われているようだ。それだけでもう不安が消えるのだから、彼はなんとも不思議な人……いや妖か。
……よし、いざ!
私は柚月さんを真っ直ぐに見据えて、今朝からのことを話し始めた。
「今朝起きた時、私は自分の部屋ではないと気付きました。起こしに来た柚月さんのことも奏悟に聞くまでは誰なのか名前すら知りませんでした」
「……」
「鏡を見て、学生証を見て、私は、私の知っている私ではないと気付きました。何かをした訳でなく唐突に知らない人になってて、驚きました……そして呼ばれるまま下に降りた後は柚月さんの知る通りです。奏悟の言う翁に会って私は元の身体に戻れるのか、この身体の主である杏香さんは無事なのかを訊きました」
やはり自分の娘の安否が気掛かりなのだろう。柚月さんはぴくりと眉を上げた。
「結果としてはこのままでも問題ないそうです。元に戻るには時間経過しかないと……いつになるかはわかりませんが……中身は知らない人間が入ってますが、身体は柚月さんの娘さんのままで元に戻れば中身も娘さんに戻るので、どうか見捨てないでください!」