別の妖の気配。
自ら招いたとはいえ、一成の父親に襲われそうになったこと、その時に奏悟から貰った呪具のおかげで未遂に終わったことを告げると、彼は心底ホッとした様子で息を長く吐いていた。
「もう……無茶はしないでよね」
疲労の滲む声で言われては何も言い返せない。私は大人しく頷き返した。
「本当にわかってる? 杏香はわかったフリして誤魔化すからな」
疑り深い奏悟は信じていないようで、机の引き出しをゴソゴソと漁ると幾つかの呪具を私に握らせた。
「これって……」
「大丈夫、それは安全だから。鞄とか服のポケットとかに入れときなよ」
顔のない小さな人形が両手の中で転がる。美術のデッサンの時にたまに見る人形のような形だ。
どのような効果があるのかわからないが、奏悟のくれる物だ。
悪いようにはならないだろうと、お礼を言った。
「……俺の知ってることも、杏香に話さなきゃね」
暫くの無言の後、奏悟がポツリと言う。視線を彼に向けると奏悟は困ったように笑っていた。
「杏香、隠さずに言うよ。もしかしたら、君は妖に狙われているかもしれない」
「ど、どういうこと?」
奏悟の予想外の発言に思わず吃ってしまう。
奏悟は先程までの笑みを引っ込めて、とても真剣な表情で私を見詰め返した。
「杏香が初めて翁のもとへ行った日。翁に君の魂を視てもらった時に、微かに妖の気を感じると翁が言ったんだ」
「私の妖の気じゃなくて?」
「ああ、杏香じゃない別の気だ。それを視て翁は特に危険があるとは言わなかったが、楽観視していいものじゃないだろう。おそらく、その妖気が君の意識を呼び覚ました原因だと俺は睨んでいる」
「…………」
一体、何の為に。何故、私なのか。
そんな言葉が頭の中で駆け巡るがどれも声になって出てこない。私の顔を見ていた奏悟は眉を下げた。
「俺は杏香の味方であり、君の味方でもある。何があっても守るから」
「うん……」
「……ごめん、不安がらせちゃったね」
私の表情が変わらないことに気付いて、奏悟が申し訳なさそうにシュンとしている。私は慌てて首を振って否定した。
「そんなことない! 知ってるのと知らないとじゃ、対応が違ってくるし……私は先に知れて良かったと思ってるよ」
その言葉に偽りはない。
確かに不安はあるが、知っていれば冷静に対処することだって可能だろう。
私の言葉に奏悟は表情を緩めた。
「そう言って貰えると助かる……今後の為にもお互い情報共有していこうね。些細な違和感でも夢でも何でもいい、気になることがあれば教えてくれ」
俺も教えるからと奏悟が言うので、断る理由はないなと私は了承した。
私と杏香の人格が完全に混ざり合うまで時間があるとはいえ、それまでに解決していれば良いねという言葉は呑み込んだ。