物語をなぞる。
「そうだね……まずは何から話そうか。うーん、私、自分の名前も覚えていないから」
「うん、うん。大丈夫だよ」
「家族のことも、友人のことも覚えていない。でもね、この世界のことは知っていた……ゲームだけど、でもその記憶ももうあやふやになってきてる」
「それなら、今覚えていることだけでも俺に教えてくれないか。杏香が覚えていられなくても、もしかしたら俺が覚えていられるかもしれない」
「……わかった」
「ゲームの大まかな流れは他の乙女ゲームと一緒よ。ヒロインが攻略対象と交流を繰り返して、親密になって恋愛へと関係が変わっていく。ただ、このゲームは和風テイストってこともあって妖が出てくる」
「俺や一成だね?」
「そう。でも、奏悟と一成だけじゃない。ヒロインは私達より一つ下になるのだけど、ヒロインの同級生にも攻略対象はいる」
薄れつつある記憶をなんとか掘り返して、私はゲーム画面を思い浮かべた。
「烏天狗の藍澤春、のっぺらぼうの鏑木澪雨 。その二人がヒロインと同級生で、後輩で一成が、先輩で奏悟が来る訳だけど、教師も対象に入っていて、古典教師の浜浦恭介もヒロインと恋に落ちるルートがあるわ」
「ああ……あの人は牛鬼だからね。ところで、ヒロインの名前って覚えていないの?」
「自己投影しやすいように、ゲームによってはヒロインの名前を自由に変えることが出来る物があるの。一応、デフォルトでヒロインの名前はついていたけど、この世界の彼女と同じ名前かはわからないわ」
「そう。そのデフォルトの名前ってどんなの?」
「月森茉莉花だったかな。人間の少女で、ヒロインに相応しく、天真爛漫な性格……だったと思う。記憶が曖昧だけど」
そう言うと奏悟は興味深そうに目を細めた。
「ふぅん? 覚に一つ目、牛鬼、烏天狗、のっぺらぼう。攻略対象はこの五人だけなんだ?」
「そう……だと、思うけど。人気になったゲームならキャラを追加してる可能性もあるかも……少なくとも私はこの五人しか知らないなぁ」
「そっか。それじゃあ、次はストーリーを教えてもらってもいい?」
「ストーリーかぁ」
私は唸った。
「名前や攻略キャラの顔は覚えているんだけど、中身までは薄らとしか……」
「大体でいいよ」
「うーん……皆、何かしらの問題を抱えていてさ。一成なら母親の育児放棄で、藍澤春なら両親との関係が悪くて、鏑木澪雨なら妖という特別な存在でいながら人間社会で埋もれる無個性な自分に嫌気がさして、浜浦恭介なら衰退していく妖の世を受け入れて生きる目標を失って……そんな感じの彼等とヒロインが交流して傷を癒やし、時には恋敵である李紅に邪魔されたり、学校行事で距離を近付けたり、彼等の正体が妖だと知ったヒロインが、そのルートの攻略キャラと一緒に妖の世に繁栄を齎すと言われる射干玉を探すのよ」