柚月さんとの関係は、
気を取り直すように促して再び歩み始める。奏悟は視線を遠くの夜空に遣り、星を眺めていた。
「そうだ。帰ったら柚月さんにも報告しよう」
「え」
「柚月さんも口には出さなかったけど、杏香の様子がおかしいと感じてたみたいだから」
「バレてたかー……」
自分では多少大丈夫かと思っていたがどうやらアウトだったみたいだ。落ち込む私を見て奏悟は薄く微笑んだ。
「柚月さんは度量もあるし……霊とか信じる人だから中身が違うと言っても受け止めてくれるよ。それと明日からは浅緋学園に行くから教室の場所とか勉強の進み具合とか、俺のわかる範囲で教えるね」
「おー……」
「大丈夫。俺と同じクラスだし、何かあればフォローするよ」
果たして、記憶が曖昧な今の私に勉強出来るのだろうかと疑問が浮かぶ。そんな私を他所に、家に着くまで学校のことを話そうかと奏悟は続けた。
「杏香はゲームで学園のこと知ってるんだっけ?」
「知ってると言ってもほぼ名前だけだよ。校舎の場所とか詳しいことはわからない」
そう答えると奏悟はうぅむと唸った。
「そうか……俺と杏香は高等部の一年二組。勉強はそんなに進んでないからわからなければ教えるよ。俺も杏香も特に委員会は入ってなくて、部活も帰宅部だね。それと中等部には一成がいるよ。建物は違うから学園で会うことはほぼないかな」
「そうなんだ」
「でも家だと会うことになると思う。よく順番で誰かの家に集まって三人でお泊りしたりご飯食べたりするから。あー……でも流石にそろそろ柚月さんが嫌がるかなぁ」
「なんで?」
もしや、私が本物の杏香ではないから奏悟達と居るのが嫌だとかそういうのだろうかと若干の不安を感じて訊ねてみると、返ってきたのは予想とは異なるものだった。
「子供の頃ならともかく、年頃の自分の娘が男二人と同じ部屋で寝るんだから。親としては心配だよね」
「柚月さんはお母さんだったのね……」
お姉さんかと思っていたら違ったらしい。高校生の娘がいるのにあの若々しさ、全くもって羨ましい限りだ。
「杏香の家は母子家庭でね。父親は昔に亡くなったんだって。俺も小さかったからあまり覚えてないんだけど、仏間の所に写真が立て掛けられていたはずだよ」
「へぇ〜……そういえば柚月さんは人……なんだよね?」
妖である奏悟と仲良くしているようだがもしかして彼女も妖なのだろうか。ふと思った疑問を口にすると奏悟は目を瞬かせた後、眉尻を下げて微笑みながら答えてくれた。
「いや……柚月さんは人だよ。杏香の父親も人。うちの母親とは所謂ママ友として仲良くなって、今じゃ家族ぐるみで交流するようになったんだ」
「ほー」
「まぁ、詳しいことは明日にして一先ずは柚月さんに報告だね」
「……うん」
その一言で一気に現実に戻された気分になってしまった。母親に実は今貴女の娘の中身は違う人間が入ってるんですとか、言いたくない。最悪、この家から出て行けとか言われそう。
気が進まないなと、重たい返事をすると再び奏悟が笑った。
「大丈夫、俺を信じて。杏香を見捨てたりしないから」
余程しょぼくれた顔をしていたらしく、奏悟が背中を叩いて励ましてくれる。私はそれに頷き返した。
「ほら、そろそろ家に着くよ」
奏悟の視線の促す先には今朝見た玄関がある。灯のついた玄関を開けて、私と奏悟はただいまと声をかけた。