一成の叫び。
男にしかわからない痛みが引くまで待ってから、翁が一歩前に出て話し掛けた。
「久しいの、一つ目」
「う……翁……」
津雲仁義は股間を押さえつつ、緩慢とした動きで立ち上がった。
「私をこんな所に呼び出して……何の用ですかな」
「ふぅむ……賢い主ならわかるであろ?」
「いいえ、わかりませんね」
「息子を見てもか?」
「息子? 私に息子はいませんよ」
その言葉に私達は反応した。
「いないって何よ」
「一成のこと、認知しないつもりか」
「もう一回蹴り上げてやろうか」
「今度は私もやるわ」
ボソボソと陰湿に三人で言葉を交わし合っていると、これこれと翁に窘められた。
「一つ目、お主が家族を捨ててから、お主の妻は子を育てることを放棄した。祖母に全てを任せきりで生活費を渡すこともない」
「それが? 私にそいつの面倒を見ろとでも言うのか?」
翁は一度此方を振り返った。
私達と視線が合い、互いに頷く。
「そこまでしろとは言わぬ。せめて坊が大人になるまで生活費を払って欲しいのじゃ」
「ハッ、そんなこと。私がする訳無いだろう。そもそも私は子を望むつもりなぞ無かった。周りの目が、妻の期待があったからお前を望んだだけだ。それに……今更、私を頼るのはどうなんだ? 今まで何とかなってきたのだろう? なぁ、お前だって本当は嫌いな私に頼るのは嫌なんだろう?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて一成の父親が此方を見てくる。一成は歯を食い縛り、拳を握り締めた。
「お前が……お前が母さんに本当のことを言わなかったのがいけないんだろう……お前が正体がバレたからって急に姿を消したからいけないんだろう! お前のせいで! 俺も母さんも苦しめられたんだぞ!」
フーッフーッと一成は息を荒げる。
そんな彼とは対照的に父親は白けた表情でぼそりと呟いた。
「……あの時、殺しておけば良かったな」
「!!」
その言葉に一成も奏悟も息を呑んだ。
一成は父親を憎んでいたが、心の奥底ではもしかしたらやり直せるかもと思っていたのだろう。
しかし、現実は違った。
本人の口から死を願われた一成は空いた唇から微かに息を漏らすだけで喋ることが出来なかった。
ショックを受ける一成なんてお構い無しに父親はぶつぶつと呟いていた。
「……して……すれば……やはり妻を此方側に引き込めば良かったか。いや……今からでも遅くないか……?」
父親が気にするのは自分の妻のみ。
彼は妻を妖の世に引き摺り込もうとその算段を立て始めていた。一成のことは最後まで彼の中に存在しない。
私はただただ怒りが湧いた。
「……杏香!」
私に気付いた奏悟が止めに入るが、それを無視して私は突き進む。
一成の父親の前まできた私は笑みを深めた。
「ねぇ?」
私の存在に気付いた彼が視線を此方に向ける。
その表情が、その態度が憎たらしい。
目の奥がチカチカする。
激情が私の内側で荒れ狂う。
杏香が出たいと言っている……!
「貴方が本当に愛しているのって、誰なのかしら」