作戦決行!
遠ざかっていく背中を追って、私は慌てて駆け出した。
まずはなんとしても彼の気を惹いてひと目の付かない場所まで誘導せねば。
タタタッと走って、後ろからわざとぶつかる。
「きゃっ」
よろめいて倒れ込むと、通行人の何人かがこちらを見てきた。ここで彼が私に手を差し伸べるなり気遣うなりしなければ接触は失敗となる。
一か八かの賭けだが、彼の性格を知る翁は絶対に反応を示すだろうと言っていた。
津雲仁義という男は臆病な性格なのだ。周囲の目が己に向いていると知れば、目立たぬようにその場を過ごす。
それはつまり、彼にとっての目立たないという行動は転んだ相手を無視して去るのではなく、何かしらの行動を示して相手を気遣っていると周りに見せることなのだ。
如何にして周囲の人間の記憶から残らずに済むか。
それが彼の性格だと翁は推測している。
果たして、どう出る?
コンクリートで打った膝が痛い。早くしてくれと上を見る。
私の顔が見えたのだろう。彼は一瞬驚いたような表情をすると、スッと手を差し出してきた。
「大丈夫ですか」
「え、ええ……ありがとうございます」
「いえ、それでは」
そう言って離れていこうとする手を私はがっしりと掴んだ。
何が何でもこの手は離さない。
「待ってください! さっきので口紅がスーツに……」
「え? ああ、いえ。大丈夫ですので」
「そんな! 私のせいです! すぐに落としますから来てください!」
「ちょ、ちょっと」
逃がさねぇぜとばかりに彼の手を引く。
あまり騒ぎ立てたくない彼は抗議をしつつも大人しくついてきた。これ幸いとそのまま路地裏へと連れ込む。
ここならばひと目はない。だがそれは相手も同じ。
周囲の目がないとわかった瞬間、彼は私の手を振り払った。
「っ!」
「全く、何だね君は」
相手は私を警戒し始めている。
ここからが本番だ。
「……ごめんなさい。どうしても貴方とお話ししたくて」
手を胸元にやり、視線を誘導させる。頑張って寄せて寄せて上げまくった胸をわざと見せる。
「んん、君と私、どこかで会ったことがあるかな?」
彼はそう言ってサッと顔を背けたが視線は胸元に注いだままだ。
なんてチョロい男なんだろう。逆に大丈夫なんだろうか。
「私……貴方を見掛けてからずっと頭から離れなくて……一度でいいからお話ししてみたいと思っていたんです」
嘘は言っていない。
チラチラと胸元に視線を遣る彼は咳払いした。
「しかし私達は……」
その先は言わせない。
するりと彼の腕をとって胸を押し当てる。
「お願いです。今夜だけでいいの」
何がとは言わないが、掴んだ手を、指を絡ませて握り、わざと潤ませた瞳で見上げれば察するだろう。
案の定、彼は喉を微かに鳴らした。
……落ちた。
杏香の声が聞こえた。
瞬間、力強く横に押され、私は背中を打った。




