改めまして、
犬の移動はあっという間で、真っ暗闇の道からぽつんと灯りが浮かび上がった。街灯が道路をオレンジ色に照らしている。
「人の気配が無かったからギリギリまで寄ってもらったけど……大丈夫そうだね」
奏悟は犬から降りる。それに倣って私も降りた。
「ありがとう。ここまででいいよ」
背を軽く叩いて労うと、ワンと犬は応えた。ワンの一声にどんな意味があるのかわからないが、奏悟はうんうんそうだねと頷いていた。
「これからは翁のところに行く時はその子を呼ぶといいよ」
奏悟の視線の先には私を運んでくれた犬がいる。自分のことだとわかった犬はハッハッと息をしながら口端を上げてみせた。
「でも、呼ぶってどうやって?」
「犬笛……は、無いか。どうしようかな」
思わぬところで抜けていたと奏悟はうーむと唸る。そこへ、それまで大人しくしていた犬がわふわふと何かを訴えてきた。
「……あぁ、もう覚えたんだね。それなら大丈夫かな」
「わっふ、ぐわぁ……わふっ」
「うんうん」
犬と何を話しているのだろうかと見守りに徹していると、犬達は一声あげて山の方へと帰っていく。もう帰るのかとその後ろ姿を追っていると、俺達も帰ろうと奏悟が促してきた。
「さっき『山の近くに来たら匂いでわかるから呼ばなくてもいいよ』って言ってたんだ」
「へぇー!」
さっきのわふわふにそんな意味が込められていたなんて。謎の感動を覚えつつ、私は奏悟の隣に並んで夜道を歩いた。
「……あの」
「あ、待って」
「?」
これからのことを訊こうと口を開くと遮られてしまった。急なことに思わず傾げると、奏悟はこちらに向き直り言った。
「敬語は無しにしよう。同い年だし、呼び方も奏悟でいいよ。俺も君のことは杏香って呼ぶ」
あ、でも名前を思い出してそっちを呼んで欲しい時は言ってね。
そう言うと奏悟は手を差し出してくる。握手かな、それとも今朝のように手を繋いで行くのかなと悩んでいるとパッと私の手を攫っていった。
「よろしく、杏香」
どうやら握手をしたかったらしい。
「……よろしく、奏悟」
きっと奏悟としては早く元の杏香に戻って欲しいだろう。時が解決するとは言え彼の為にも何か手掛かりを探そう。そう心に決めて私も握り返す。
ふと、元に戻るその時までは彼に甘えても良いのではとそんな考えが頭の隅に転がって、私はそれを見ないフリして笑った。
果たして今の私は上手に笑えているだろうか。