いざ、水族館!
「杏香のお陰であの親子と縁を切ることが出来た。ありがとう」
「う、うん」
「あー……杏香?」
「な、なに?」
「その……さっきのキスは本当ごめんな?」
手を繋いでいるものの、私は陸と反対側を向いて会話していた。
だって恥ずかしいじゃないか。
どんな顔して接すればいいんだ。
そして手汗が半端ないから離してほしい。
「いや、本当、陸は気にしないで。こっちの問題だから」
「そう言われても……」
「陸は慣れてるかもしれないけど、私は、その、初めてで慣れてない……から」
ゴニョゴニョと言えば、隣から苦笑する声が聞こえた。
「俺も初めてだからな?」
「嘘だ!」
「嘘じゃないって」
「だったらなんであんな! あんなキスを……!」
私の考えでは軽くキスを見せつけたら良しという感じだったのだが、実際は全然違った。
言葉に出来ないでいると陸は視線を逸らした。
「その、キスを強請る杏香が可愛くて……抑えられなかったというか……」
その言葉に私は思わず驚いて陸の顔を覗き見た。
顔を背けて全体は見られないが真っ赤なのはわかる。
目を見開いて無言で見続けていると耐えきれなくなった陸が繋いでいる反対の手で私の顔を覆った。
「見ないでもらえるか」
「ご、ごめ」
「もう一回したくなる」
「!?」
とんでもない発言に思わず距離をとる。……手を繋がれて離れられないけども。
襲い掛かる混乱と羞恥に悶えているとくつくつと笑う声が聞こえる。その声の出所である陸を見ると肩を震わせていた。
揶揄われた!
それに気付いた私は陸を叩いた。
「もう! 冗談やめてよ!」
「ハハッ、悪い悪い。でも、可愛くて抑えられなかったのは本当」
「〜〜ッ!!」
悪戯っぽく微笑む陸に今度こそ私の顔は真っ赤になった。
「ファーストキスを奪ってしまったのは謝るよ、ごめん。お詫びと言ってはなんだけど、これから行く水族館にカフェが併設してあるんだ。奢るからさ、何か食べよう」
にっこりと言われたらそれ以上は何も言えない。私は吹く風で熱を冷ましながら水族館へと向かった。
熱が冷め、濃厚なキスの記憶を脳内の隅に追いやって厳重に蓋をして鍵をかけた頃、目的地へと着いた。
チケットを買って建物へと入ればすぐ目の前に大きな水槽があり、キラキラと輝く魚の大群が出迎えた。奥には大きな亀が優雅に泳いでいる。マンタもまるで空を飛んでいるかのようにヒラヒラと泳いでいた。
「すごー……」
夢中になっていると後ろから来た小さな男の子とぶつかってしまった。謝ってから周りを見ると後ろの方から男の子の家族らしき人達が歩いている。
私達以外にも家族連れや恋人同士で来ている人達が多く見られた。
この薄暗い通路では距離感が狂ってぶつかりやすいだろう。
気をつけなければと思っていると、すっと手を繋がれた。大きくて温かいこの手には覚えがある。何ならさっきまで繋いでいた手だ。
「陸……」
隣を見ればにやりと笑う彼がいた。
「ぶつかりそうになったら俺が手を引いてあげよう。大丈夫、この暗さなら手を繋いでることなんて誰も気にしないさ」
ゆっくりと手を引かれ、私は陸と共に煌めく魚達を眺めて回った。