後になって悶える。
徐々に冷えていく声音は娘の隣にいた父親にも向けられた。
「西園寺さんも、娘の管理ぐらいしっかりなさったらどうですか。娘は同席しないという条件をあっさりと破って、信用を失くすことが後々仕事にも関わってくるとわかっている筈ですよね」
「そうだが、しかし……これは娘が」
「関係ありません。今後、御社との関係を改めさせていただきます」
その言葉に西園寺さんは慌てた後、取り繕うように笑った。
「何を馬鹿なことを! 社長でもない君がそんな大事なこと決められるわけないだろう!」
「いいえ、出来ますよ」
「え?」
「俺は祖父と父から仕事に関する一部の権限を譲り受けているんです。その内の一つに自社にとってどのような会社と提携するのが良いか……俺の目で見て判断するようにと任されています」
「な、な……」
部外者である西園寺さんにとっては知らなかった情報らしい。
驚愕に目を見開いて、彼の顔は青褪めて冷や汗が噴き出ていた。
「食事代はこちらが支払いますよ。それでは失礼します」
なるべく身体を密着させたまま、陸に連れられて私も立ち上がる。
ふと見えた愛奈の表情はとても呆けたもので、美しいとは思えなかった。
西園寺さんは出て行こうとする陸を止める為に騒いだ。
「待ってくれ! もう一度チャンスを!!」
娘と同じようにテーブルを力強く叩く。
私は視線を外して、近くにいた男性スタッフに怯えた表情をわざと見せた。
陸ではなく、男性スタッフに。
不安そうに瞳を潤ませて、眉を下げる。頬を赤らめてじっと見詰めていればやがてスタッフはふらふらとこちらに来て、そのまま西園寺さんのところまで行った。
「お客さま、他のお客さまのご迷惑になりますので……」
抑揚のない声で彼を止め、無理矢理座らせる。
「な、なんだね! 今大事な話が……うぐっ」
立ち上がろうにも押さえ付けられた彼は身動きが取れない。
その隙に私と陸はさっさとお金を払ってレストランを後にした。
外に出ると一成の父親が車の中で待っているのが見える。近付きたいが今はやめておいた方がいいだろう。
陸に手を繋がれてそのまま歩道へと出て暫く歩き続けた。
火照っていた身体は徐々に鎮まり、やがて先程の陸とのキスが思い起こされる。
な、なんてことをしてしまったんだ!! 私はーっ!!
身体の奥底で渦巻く感情に任せていればとんでもないことを仕出かしてしまった。
私のファーストキス……いや、陸のファーストキス!?
ファーストなのか!?
とても初めてとは思えない翻弄具合を思い出して再び顔が熱くなる。
ちらりと横を伺うが、いるのはいつもの陸である。
「……どうした?」
長く見過ぎて彼に気付かれてしまった。
咄嗟に嘘をつけなかった私は口籠るしかなかった。
「え、えと……」
「ああ、すまない。もしかして、キス、初めてだったか?」
「ヒェッ!?」
直球な言葉に口から悲鳴が出た。私の様子を見て察した陸は眉を下げた。
「あー……本当すまん。俺も初めてでちょっと浮かれてたんだ」
「え? えっ!?」
浮かれてたってどういうこと!?
あれが初めてとか絶対嘘だ!!
言いたいことは沢山あるが出てくる言葉は意味をなさないものばかりだ。口をぱくぱくする私が漸く言葉を出せたのは「私から誘ったんだから気にしないで」という、誤解されそうなものだった。
もう穴があったら入りたい。