女の戦い。
「西園寺さん、約束が違いますよね。食事は西園寺さんと我々二人の三人だけと条件を出したはずですが」
「ああ、ああ。うちの娘が申し訳ない。何度も駄目だと言ったのだが、我慢出来なかったようだ」
西園寺さんは困ったように言うが何処か余裕そうに構えている。
陸の目が自然と鋭くなった。
「あのですね……」
陸が何か言おうとした時に、女性、愛奈が陸の腕に絡みついてきた。
ぎゅむっと柔らかな胸が陸の腕を挟む。
おおん? 見せ付けてくれるじゃねぇの?
自分では不利の女の武器をこれでもかと見せ付けられた私はきっと般若の顔をしているだろう。自覚はある。だけどこのイライラは止められない。
愛奈は私を一瞥すると微かに笑ってすぐに陸へと向いた。
「私がどうしても陸さまに会いたくて我儘を言ってきたのです。ですからお父さまは悪くありませんわ。叱るならどうか私に」
そう言って愛奈は瞳をうるうるさせて陸を見上げる。よくテレビや雑誌で見る男を落とすテクニックの一つだ。
胸を押しつける行為といい、彼女は陸を落としに来ている。それが個人の為か父親の為か知らないが、ただただ不快な行為だった。
陸はと言えば鼻の下を伸ばして……なんてことはなく、私と同じように不快感を顕にしていた。
「叱る、叱らないの問題では無いのですよ。貴女に西園寺さんの娘という自覚があるなら此処に来るべきではなかった。貴女の身勝手な行為一つで会社の信頼を失うことになるのですから」
酷く冷たい声で愛奈を非難すると陸は彼女の身体を優しく押し退けた。
「食事はなしです。我々は帰らせてもらいます」
「そんなっ」
西園寺さんが慌てて陸を引き止める。愛奈はと言えば反省した様子がない。
それどころか。
「庶民のブスより私の方が何倍も綺麗で家格も上なのに。こんな奴が白銀家の財産を……」
ぼそりと呟かれた言葉は明らかに私に向けられていた。
愛奈を一瞥すれば視線が合う。垂れ目な瞳には苛立ちと侮蔑の色が見てとれた。
視線が合ったのは一瞬である。
しかし、その一瞬で私は決めた。
「陸さん、待ってください」
努めて穏やかな声で陸の腕を掴んで留める。
驚いた陸は振り返って私を見た。
きっと今の私は過去一綺麗に笑えているだろう。
心の奥が騒めくように、静かに興奮する。この感覚はあれだ。不破ハクヤの時に感じた胸騒ぎに似ている。
目の奥かチカチカと光って、自分が自分でないみたい。
「私は彼女が一緒でも構いません。四人で、お食事致しましょう?」
頭の中を支配するのは、愛奈を陸の前から排除するという過激な感情だ。
怒りと愉悦がぐちゃぐちゃに混ざり合って、奥底で渦を巻く。
私の前で男を誘惑するなんていい度胸じゃないの。
自分じゃない声が木霊する。きっとこれは私じゃない、杏香の声。
黒い感情は抑えるべきなのに、それがとても心地良くて、私はうっそりと口元に笑みを浮かべた。
「西園寺さん……いえ、愛奈さんとお呼びした方がいいですね。愛奈さん、ぜひ、ご一緒に。私の知らない陸さんのことを教えてくださいな」
スッと目を細めて笑いかければ、一瞬たじろいだ愛奈だったがすぐに気を取り直して負けじと笑みを返してきた。
「ええ、もちろんですわ」
見えない火花がぶつかり合う。
何も知らずに呑気に笑うのは彼女の父親だけで、陸は心配そうに私を見下ろしていた。