目と目とが合う。
「どうした、灰藤」
陸が振り返り、釣られて私もそちらを見た。
視線の先、部屋の外では灰藤さんが顔を伏せたまま、「陸様にお客様がお待ちです」とだけ伝える。
「そんな予定は入っていないはずだが」
訝しむ陸だが灰藤さんは淡々とした様子で返すだけだ。
「天馬の西園寺様が陸様にお会いしたいと直接お越しになられました。会われる約束をしていなかったので一度お断りしたのですが、どうしてもお話したいことがあると言われ……」
「わかった。対応しよう」
一つ溜息を吐いた陸は先に灰藤さんを下がらせた。
「杏香。悪いけど、バイトはここまでにしてくれ。灰藤には後で俺から伝えておくから」
「え、でも」
「悪いな。あまり聞かせられない話だろうから。屋敷内にいる限り今来てる客と会う可能性もあるし」
部外者の私がいると何かと都合が悪いのだろう。
こればかりは仕方ないと私は頷いた。
「わかった。今日はもう帰るよ」
「送ってやれなくてすまない。せめて車の手配を」
「いいって! 陸は早くお客さんのとこに行きなよ!」
「いや、だが……」
「大丈夫!」
「しかし、一人で帰らせるには」
「もー!」
渋る陸の背中を押して部屋の外に出る。
縁側に出ると庭が見えるのだが、ふと視線を遣った先に見えた塀の隙間から一人の視線とばっちり合ってしまった。
「「あ」」
重なった声は何とも間抜けなものだ。しかし、これは陸の申し出を断る理由が見付かったと私は喜んだ。
「一成!」
視線の合った名前を呼べば、嫌そうに顔を顰めてこちらを見る少年の姿があった。
その後、幼馴染と一緒に帰宅するから車は大丈夫だと言えば、陸は渋りつつも最後は了承してくれた。
白銀家を出て、嫌がりつつも待ってくれていた一成と共に帰る。どうやら彼は用事でこの近くを通って帰る途中だったらしい。
まさか私と会うとは思わなかったと呟いていた。
「まぁまぁ、いいじゃない。久しぶりに会うんだし、元気してた?」
「……まぁな。たまに奏悟ん家泊まったりしてた」
「そうなんだ! ……一成のお祖母さん、まだ入院してるの?」
「いや、検査が終わって帰ってきてる。毎日、畑に行ってるけど前より動いてる時間が減ったな……」
「そっか……」
検査結果はまだらしいが、雰囲気的にあまりよろしくないようだ。
寂しそうに視線を下ろす一成にどう言葉をかけようか考えていた時だった。
「あの、すみません」
背後から男性に声を掛けられて、一瞬身体が硬直した。きっとナンパされた時のことを思い出したからだ。
今は一成がいるし、私がしっかりしなくてはと振り返った。
少々、目付きが鋭くなったのは仕方のないことだと思う。私の険しい顔に相手の男性はたじろいだが、すぐに「道をお尋ねしたいんですけど」と言った。
「道ですか」
そう言って油断させて人気のない場所に連れ込むかもしれないと警戒を解かないでいると、男性は困った様子で頭を掻いた。
「浅緋学園の教職員用の住宅までの道を知りたいのですが……」
その言葉に私と一成は横目で視線を合わせた。