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絡新婦とリク


 マヒロはリクから『眞紘』という字を貰った。既に名はあったが眞紘という名は特別だ。無意識に主従の契約を結んでしまうほどに、眞紘はリクに心を傾けていた。

 同族からの助けを諦め、一人孤独に死を彷徨っていた中、偶然とはいえ食べ物を与え助けてくれたのだ。リクに特別な感情を抱くのは自然なことだった。

 リクは家族と数人の使用人達と共に人の世で暮らしている。ならば己も馴染むべきだろうと眞紘は人の姿で過ごした。

 封印されていた間、人の世が余りにも変わりすぎて驚いたのを覚えている。特に電化製品を使う度にリクに笑われた。そんなリクから人の世で過ごす上で、人、特に人間の男を食べてならないと言われた。眞紘の好物であったがこれもリクと共にいる為、眞紘は我慢した。その代わり、リクがこっそりと使用人の目を盗んで菓子を眞紘に与えるようになった。それから眞紘の好物は菓子に変わった。

 大好きなリクが己の為に菓子をくれる度、リクに対する好意と安心、そして離れ難い執着がより増した。使用人達にはそれが良く思われず、眞紘は常に遠巻きに見られていた。困り事があっても見て見ぬふりをされるだけ。助けてくれるのはいつもリク一人だけ。故に、眞紘は誰よりもリクに感謝し、リクの為ならばと犠牲も厭わなかった。

 リクが学園に通うことになった時も眞紘は己の身体を縮めて共に通うことにした。リクを守る為とはいえ人間の子供達に混ざって勉強するのは苦痛だった。中には自分も妖だから仲良くしようと、眞紘に声をかけてくる学生もいたが無視した。そう言った者達の瞳にはどろりとした欲望が見て取れる。どうせ眞紘を通してリクに近付こうという魂胆なのだろう。ああいうのは無視するのに限る。

 眞紘の中心は全てにおいてリクだった。

 そんな中、誰であろうと一定の距離を保ち学園生活を送っていたリクが特別を見付けた。

 如月杏香だ。

 乙女の祝福を受けた、人にも妖にもなれない半端者だ。

 何故、彼女なのか。

 楽しそうなリクと杏香を見る度に眞紘はその言葉を呑み込んだ。唯一、眞紘の感情に気付いていた覚の子供はいい笑顔と共に『彼奴が大切にしている杏香をよろしく』と言ってきた。杏香に手出し出来ないとわかっていて、彼女を預けてきたのだ。腹の立つ子供だ。

 そうして三人でケーキを食べた帰り道、リクと別れた眞紘は杏香と共にナンパされ、返り討ちにしたのだったが。

 杏香が己を庇ったことに一瞬思考が停止した。すぐに相手の拳を受け止めたが、眞紘の心は騒ついていた。

 敵視していて、しかも少し前までその感情を腹いせにぶつけていたのだ。このことをきっかけに嫌われてもいいと考えていたのに、杏香は眞紘を助けようとした。

 その姿に何故かかつてのリクを重ねて思い出した。やがて心の騒めきは大きくなり、気が昂ってくる。

 今は黄昏、私の姿は見え難い。

 なんとも言えぬ高揚感に眞紘は杏香の目元を隠し、握った掌に力を入れた。陽が落ち、徐々に暗くなる。それと同時に眞紘の身体は変化した。

 背中から黒い脚が生え、可愛かった顔は八つ目で細い毛に覆われている。口元は鎌のような牙が生えていて、握られた男の拳は白い糸が幾重にも巻き付いていた。

 眞紘の姿を見た男の口から引き攣った声が漏れる。

 「さっさと失せろ」

 最後に八つ目で睨みを効かせば男は情けなく逃げていった。

 人の姿に戻り、眞紘は考える。

 この娘は初めからリクのことを一人の生徒、学友として見ていた。家柄も種族も関係なく。

 ……わかってはいたのだ。如月杏香は悪くない。己が勝手に嫉妬しているだけだと。

 自分が弱いと分かっている上で眞紘を庇った彼女に、眞紘はもう敵意を抱いていない。何より、リクの姿と重ねてしまったらもう元には戻れない。

 ……果たして、この娘は許してくれるだろうか。

 眞紘は覆っていた手をそっと離して、杏香を自由にする。不安そうな瞳の中に、己の緩んだ顔が映り込んだ。

 この感情を貴女にも抱くことを、貴女とあの人は許してくれるだろうか。世間から見ればあまり良い顔のしない、このどうしようもない執着を。

 

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