猫と犬の追いかけっこ。
人目につかないようこっそりと移動し、白い毛並みに跨る。犬は心得た様子で走り出した。
相変わらず物凄い速さだ。勢いを殺すことなく翁のいる元へと着くと、犬はわおーんと興奮したように吠えた。すると障子が開いて翁が現れる。
「ほっほっ、遠吠えしなくとも気付いておるよ。お主、久々に会えて張り切っておるな」
「わっふぅ!」
「ほっほっほ」
犬語を理解しているのか翁は何度か犬と言葉を交わすと満足したようでこちらを見てきた。
「中々、遊びに来てくれない故、犬に頼んで連れてきてもらったんじゃが……猫又か」
翁の笑っていた瞳が小瑠璃を見た途端スッと冷える。未だ服の胸元から顔を出している小瑠璃は負けじと吠えた。
「犬っころを差し向けたのはアンタね! 私と杏香が大事な話をしてるって時に!」
「ほっほっ、すまんの。こちらにもこちらの事情があるのじゃ」
「知らないわよ、そんなの。何でも知ってて皆から頼られるからって自分が優先されると思わないこ……」
「おっと、時間が惜しい。其方は庭で犬と遊んできなさい」
「ちょ、ちょっと!?」
翁が皺々の指を空で滑らせると小瑠璃の意思に反して彼女の身体が動き出す。ぎこちない動きで私の胸元から抜け出すとそのまま庭へと出てしまった。
小瑠璃の行く先には犬が嬉しそうに待っている。
「ま、待って、待ちなさいよ! 私はアンタと追いかけっこなんてしないから! 穴掘りもしないから! くっ! 嫌ぁあああ!!」
小瑠璃の悲鳴が響き、問答無用で犬との追いかけっこが始まる。それを横目で見ていると翁が咳払いをした。
「さて、わしらはわしらでお茶をしようかの。大丈夫、帰る時は此方に来た時と同じ時間に帰そう」
翁が手を打ち鳴らすと座布団や茶菓子、熱々のお茶が出てくる。勧められるままお茶に手を伸ばすと翁もまた同じようにお茶を啜っていた。
小瑠璃の悲鳴がたまに聞こえる中、暫く甘い菓子に舌鼓を打っていると一息吐いた翁が切り出してきた。
「暫く見ぬうちに色々な縁が出来たようじゃの」
その言葉に脳裏に浮かんだのは李紅や眞紘の姿だった。
「はい。友人が出来ました」
「うむうむ。友が出来るのは良いことじゃ。時に、何か変ったことは起きなかったかの?」
「変わったことですか?」
何のことだろうと首を傾げると、翁は片方の眉を上げてみせた。
「そうじゃ。何でも良い。いつもと違うことが無かったかの?」
そう言われて再び首を傾げる。
変わったこと、変わったこと……。
暫し、記憶を漁っているとふと濡れた草木の匂いがして、二つの鐘の音が頭の中で木霊した。
そこで思い出したのは月光に照らされた人影。私は自然とあの人の姿を口に出していた。
「狩衣を着た男性と出会いました……あ、夢の中でですけど」
翁はほうと興味を示した。
「夢でも構わん。詳しく聞かせてくれないだろうか」
「はい……えっと、あれは奏悟の家に泊まった時です……」
そして私はあの時のことを思い出しながら翁に話すのだった。