小瑠璃の淋しさ。
家に帰ると柚月さんは夜勤で居なかった。隣ではご飯を食べながら小瑠璃がにゃごにゃごと文句を言っている。文句の内容は言わずもがな今朝のことであった。
食べながら文句を言う猫、何とも器用である。
「ちょっと、杏香、聞いてるのかしら!?」
「聞いてる聞いてる。学園には連れて行けないよ。他の生徒に見付かっても困るし」
「私がそんなヘマする訳ないでしょう。今までだって学園で生活していたんだから」
小瑠璃の食べる様子を見ながら、私はふと疑問に思っていたことを訊いた。
「コーリはさ、なんで飼われ……下僕が欲しかったの。そんなに学園にいたいのなら下僕なんて求めずに今まで通りいれば良かったじゃない」
そう言うと小瑠璃は罰が悪そうに食べるのをやめた。
「……寂しかったのよ。私を飼っていた家族が皆死んでしまって、私は猫又だから彼等を見送ることしか出来なかった。私は力の弱い妖だから他の妖と一緒にいても馬鹿にされるだけ。でも一人ぼっちは寂しい……そんな時、杏香を見付けてこの子だと思ったわ。私を一人ぼっちにしない、弱いと馬鹿にしてこない。私のことを好いてくれる人」
「聞いてると、何だか良いように利用されているような気が……まぁ、いいんだけど」
釈然としないが、要は小瑠璃は寂しかったのだ。
しかし、そう考えると益々うちで暮らすより学園で猫好きの生徒に可愛がってもらえればいいのではと思った。学園ならば人は絶えず入れ替わる。ずっと同じ人と一緒は無理だが、大勢の人に可愛がってもらえるのだから寂しくはないだろう。
そう思い小瑠璃に言うと彼女は違うと吠えた。
「私は、今度こそ最期の時を共に生きたいのよ! 人の子では私は見送ることしか出来なかった! 杏香ならば最期まで共に居られる!」
熱烈な思いの丈をぶつけられたが私は待ってと声を上げた。
「私、人間だからコーリとはいつかお別れしなきゃいけないよ」
「はぁ!? 何言ってるのよ、杏香は」
小瑠璃が言い掛けた時だった。
ふと私の足元が揺れた気がして、思わず後ずさる。
「何……?」
じっと凝視し続けていると、足元の影が再び揺れた。
「な、何々!?」
「この気配……間の悪い奴ね!」
小瑠璃が猫パンチを私の影に向けて繰り出す。すると影から何かが飛び出してきた。白い塊は素早い動きで私から距離を取る。
一体何が飛び出してきたのか。
逸る心臓を押さえて、その姿を見た私は思わず脱力してしまった。
「君は……翁のところの」
そう、私の影から飛び出してきたのは送り犬の子だった。私によく懐いてくれていた子だ。
「わんっわんっ」
短い息をしながらその子は何かを訴えてくる。しかし、犬語通訳の奏悟がいないのでさっぱりだ。
すると、話の邪魔された小瑠璃が不機嫌そうに訳してくれた。
「翁に言われてここに来た……ですって」
「言ってること、わかるんだ」
「種族は違うけど、元は獣同士だもの。なんとなくわかるわ。どうやら、杏香を連れてくと言ってるわね」
恐らく翁の元へ連れていくと言うのだろう。
こんな時間帯だ、急用かもしれない。
小瑠璃には悪いがここは一旦中断させてもらおう。
「コーリは待ってて、翁の所へ行ってくる」
「何言ってるのよ、私も行くわよ」
そういうと小瑠璃は私に向かってジャンプする。反射で抱き止めると、するりと服の中へと潜ってしまった。
トクトクと小さな鼓動が温かさと共に伝わってくる。
「さぁ! 行くわよ!」
私の胸元から顔を出した小瑠璃は声高に出発の合図を出したのだった。