如月さん家のコーリちゃん。
必要そうな物を小瑠璃と一緒に相談しながら揃えると結構な額になった。暫くバイトを頑張らねばと意気込んでいると、足元にいた小瑠璃が擦り寄ってくる。
「お金がなくなったわね」
「そうだね。でもバイトするから」
「当然よ。私の下僕なんだから! でも、このままというのも何だか釈然としないわ」
「え?」
不機嫌そうに尾が揺れる。小瑠璃は私を抱き上げなさいと命令してきた。特に断る理由もないので抱き上げると、身体を乗り出して鼻先を私の額に押し付けてくる。髭が微かに当たり、湿った感触はすぐに離れていった。
小瑠璃にキスされたのだと気付く前に彼女はさっさと私の腕の中から出ていく。華麗に着地を決めた小瑠璃は振り向き様に「感謝なさい!」と言った。
「私の加護を得たからには運気上昇でお金が沢山手に入るわ!」
「あ、ありがとう?」
特に身体に何か起こったという訳でもなく、ただ猫にデコちゅーされたぐらいにしか認識できない私はとりあえずお礼を言う。
しかし、そんな私の心情を見抜いた小瑠璃はむっとした様子だった。
「信じてないわね? 確かに私は力の弱い猫又だけど幸福を呼び込む者として修行だってしたのよ!」
「修行するんだ……」
てっきり最初から備わっている能力だと思っていたら違うようだ。
小瑠璃はぷりぷりと怒りながら歩き出した。向かう先は我が家である。
「下僕を養うのも主人の務め。下僕には金持ちになって私に尽くして貰わなければならないのよ」
「その下僕って呼び方やめない?」
「下僕は下僕でしょう」
「杏香って呼んでよ」
「……それならあんただって、私のこと名前で呼びなさいよ」
小瑠璃の言い分にそれもそうかと納得して呼んでみることにした。
「こるり。こぉるり。言い難いな……」
いざ口に出してみると言い難く、何度か舌が縺れる。その様子を見て小瑠璃は呆れた顔をしていた。
「杏香の発音が甘いのよ。鍛えなさい」
「えぇー……。こ、るり、こぅるり、こーり!」
「全然違うじゃない!」
「もうコーリでいいじゃん!」
「諦めるんじゃないわよ! 引っ掻くわよ!」
フシャーッと怒る小瑠璃にげんなりする。
「だって言い難いんだよぅ」
正しく名前を呼びたい気持ちはあるが、いかんせん舌が縺れるのだ。これでは呼べない。
こるり、こるりと頑張って口の中で反復するが、音に出すとどうにも上手くいかない。暫く頑張っていた私だがもう無理と根を上げた。
「……仕方ないわね。特別に私のことはコーリと呼んでいいわ」
「やたー!」
「……腹立つわね」
隣で見ていた小瑠璃もついに諦めたようで、最後はコーリ呼びでいいと許可してくれた。
「ま、いいわ。どんだけ練習しても杏香の発声はその程度ってことよね。私は寛大だから許してあげる」
「くっ……腹立つけど事実だから言い返せない」
悔しがる私が嬉しいのか、小瑠璃は上機嫌に前を歩く。
とてとてと歩く姿を見つつ、帰ったら小瑠璃をお風呂に入れようと考える。果たして猫又に風呂が必要なのかわからないが、汚れた足で家に入るのは困る。必要でなくても一回は綺麗にするかと予定を立てて、私達は家を目指した。




